第10話 異世界技術の応用による魔石の活用法

 俺は宿屋で働くことになった。

 お客がいるのは夕方から朝方にかけての時間だけだが、昼間の方が忙しい。

 皿洗い、掃除やベッドメイキング、洗濯、明日の食事の準備など、やる事がたくさんある。


 慣れない仕事で戸惑いが大きいが、コンビニの仕事よりは大分楽だった。

 なにせ、俺以外の人がちゃんと働いているのだ。

 ミサさんやサキちゃんがキビキビ動いているだけで、感動してしまう。


「はい、ここまで運んできて」

「は、はい……」


 今はミサさんに言われて、ベッドのシーツを持ち運んでいる最中だ。

 三人分のシーツが積み重ねられて山盛りになっているせいで、前が見えない。


「やっぱり、男の人がいると違うさね」


 二階から持ってきたベッドシーツを入れるのは、木製の大きな箱だった。

 中には、風車の羽根車みたいなものがついている。

 見た目は変わっているけど、俺でも知っている代物だ。


「洗濯機ってあるんですね……」

「そりぁ今でも手洗いをする家庭はあるだろうけど、宿屋に洗濯機なかったら仕事にならないじゃないのさ」

「動力源は何ですか?」

「……アンタ、随分田舎から来たんだねぇ。電魔法だよ」

「雷魔法……」


 グルングルンと、洗濯機が回り出した。

 ミサさんが魔法を使っているようには見えないけど、無詠唱呪文でも使っているのだろうか。


「異世界の技術とこの世界の魔法が合わさって、ほら、この灯りだって魔石が使われてるだろ?」


 立て掛けられたランプの中を開けると、そこには石が入っていた。

 不思議な輝きをする石で、光の反射によって色が七色に変わった。

 さっきまで光っていたはずなのに、持っても熱くない。

 異世界の産物だということが、手にとって感じられる。

 これが、魔石か。


「……電池みたいなものか」


 外をチラリと見た時、電線ってなかった気がする。

 地下に這わせているかも知れないけど、もしもなかったら、この小さな魔石だけで賄っているってことか?


 だとしたら、相当なエネルギーを魔石に封じ込めることができるのか。

 事故が起きたら爆発が起きそうなんだけど、普通に使っているってことは安全性は確保されているってことだよね?


 何故だか、今、日本でアルコールランプが廃止された理由を思い出す。

 子供時代、普通に理科実験室にアルコールランプがあって使用していたのに、今の子ども達は爆発の危険性があって使っていないらしいのをニュースで観た。


 そんな危険なもの、よく使わせていたな。

 それと同じで、この魔石も爆発するんじゃないかってヒヤヒヤしてきた。


「異世界の技術なんて使いたくないけど、生活が便利になるなら使うしかないじゃないか。誰だって雷魔法や光魔法が使える訳じゃないから、こうして異世界の技術を応用した道具を使うのはしょうがないんだよ」


 今の所、俺は何の系統の魔法も使えていないみたいなんですけど。


 炎とか雷とか分かりやすい便利な魔法が使えればもっと手伝えたんだろうけど、今の所活かしようがない固有スキルしか持っていない。


「異世界の技術はどこから?」

「そんなの勇者がこの世界に持ち込んだに決まってるだろ? もしかして、記憶喪失かなんかかい?」


 素性についてまだ全然説明していなかったな。

 言わない方が多分いいだろうな。


 第三王子のフラスコ様に殺されかけちゃいました。

 なんて、言ったら卒倒するんじゃないんだろうか。


 ここは適当に話を合わせた方がいいかも。


「……ええ、まあ、そうかも知れないです」

「教会に行って、呪いがかかってないか調べてみるかい? お金は私が出してやるよ。ちゃんと利子はつけてね」

「いいえ、結構です!! 今全部思い出しました!!」


 これ以上金を借りて借金増やしたら、一生ここに住み込みで働かないといけない。

 ……でも、それでもいいかもな。

 労働環境はホワイトだし、ミサさんやサキちゃんはいい人だし、一生は無理でも、ここで長期滞在するのはアリなのかも知れない。


「えっ?」


 ドンッ!! と、木箱が勢いよく床に落ちる。


「な、何だ?」


 木箱を落としたのは、見たことのない御婆さんだった。

 裏口から入って来たみたいだ。

 そのことについて、特段ミサさんが咎めることはしないので、顔見知りらしい。


「その人は?」

「ああ、この人はここで新しく住み込みで働くことになった店員のヴェスルさ」

「あらー。そうなのー。包帯でグルグル巻きになっているけど、私には分かるよぉ、あんた随分と顔が整っているんじゃないのかーい?」


 手のひらをクイッと鶴のように曲げて、何やら御婆さんに顔のことを保証されてしまった。


 ちなみに包帯を取ろうと思ったが、怪我が酷いので取っては駄目だと念押しされた。

 いつになったら取っていいんだろうか。

 臭いがしないかどうか不安だ。


「あっ、野菜のおばさん。こんにちは」

「あらー、サキちゃん。こんにちはー。良かったねぇ。未来のパパ候補が来てくれて!」

「え? パパはパパだよ」

「パパ!? そ、そうなのかーい。良かったねー。サキちゃん、パパができて」

「うん!!」


 こうして誤解が広がっていくんだな。

 パパじゃないよ、と否定したら、サキちゃん泣きそうになるんだよな。


 それと、野菜のおばちゃんか。

 料理で使う野菜の仕入れ元ってところかな。

 わざわざこうして持ってきてくれるのはありがたいな。

 買い出しに行かなくて済む。


「ほら、サキ。私と一緒におばさんが持ってきてくれた野菜を運ぶよ」

「うん!!」


 ミサさんがそう言うと、木箱を持って厨房の方へと行った。

 俺も運搬を手伝おうとすると、


「アンタ、やるじゃないか!!」

「いてぇ!!」


 野菜の御婆さんに思いきり背中を叩かれた。

 言葉よりも手が先に出るタイプなのか。


「おお、ごめんよ。ただわたしゃ嬉しくてねぇ。ミサさんは女手一つでずっと子どもを育てていたからねぇ。随分苦労したみたいで、私の所に野菜の仕入れを頼みに来た時は、ズボンが泥だらけだったよ。旦那がいなくなってから、宿屋で朝食のサービスを始める為に色んな所で膝を地面に擦り付けて頭を下げたんだろうねぇ」

「え?」


 早口で色々と言われて頭に入らない。

 いつの話をしているんだ?


「ああ、ここらの宿屋で朝食のサービスなんて珍しいだろう? だから私ら夫婦も最初は渋ったんだよぉ。宿屋で朝食なんか作って意味あるのかって。それに作れるのかって。ミサさん一人で、子どももいてだよぉ。でもね、ミサさんは誰よりも苦労したんだ。ちゃんとお客さんが増えてねぇ。本当に良かったねぇ。子どものサキちゃんも、お母さんのお手伝いしてくれるいい子に育ったねぇ。本当に、今の時代にしちゃあ、いい親子だよ。他人だけどね、あの子らのことは私が誰よりも応援している。泣かせたら、アンタただじゃ済まないからね」


 目尻に涙を溜めている。

 手が皺だらけで、今にも折れそうな木の枝のようだった。


 そんな御婆さんの声だけは力強かった。

 自分の子どもや孫のように、ミサさんやサキちゃんのことを想っているのだろう。


「あの、旦那さんいなくなったんですか?」

「あら? 知らなかったのかい? サキちゃんとも仲がいいからわたしゃてっきり。……ごめんね。私からは聴いてないことにしてくれ」


 後ろを振り返ると、二人とは十分距離が離れている。

 運搬作業に夢中で、こちらが何を話しても聴こえないだろう。

 中途半端に話を聴くと、気になってしょうがない。


「旦那さんは?」

「死んだよ。私もあんまり詳しくは知らないんだけどねぇ――殺されたらしいよ」


 あっさりと、死んだと言うその言葉に、この世界の死生観が滲み出る。

 モンスターが跋扈するこの世界は、きっとすぐに人が死ぬのだろう。

 俺が考えているよりも、いとも簡単に。


 ゾッとするような低い声で御婆さんは囁く。


「ミサさんの旦那はねぇ。勇者に殺されたんだ」


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