第16話 来客の眠り姫

 コンコン、とノックされる。


 窓の外を思わず見ると、月が姿を現していた。

 もう夜だ。


 そもそも、自室に誰かが訪れたことなど初めてだ。

 俺がドラゴンとの戦闘で怪我をし、その時に介抱された部屋をそのまま使わせてもらっている。

 それから住み込みでこの部屋にいるが、そもそも客以外と接していない。

 だから訪問客とは考えられない。

 この時間帯に訪ねてくるなんて、一体誰だろう?


「ん?」


 開けてみた所、誰もいない。

 もしかしてピンポンダッシュならぬ、ノックダッシュか?

 とか考えていると、ズボンの裾を引かれる感触がある。


「パパ」

「あれ、サキちゃん。どうしたの? こんな夜中に」


 半眼で眠そうな顔をしているサキちゃんがいた。

 この子と二人きりで話すなんて、ほとんどない。

 最近はずっとミサさんと仕事の話をすることが多い。


「パパが心配になって」

「心配?」

「うん。パパが眠れなくなったんじゃないかって心配になったの」

「? 別に眠れなくはないけど」


 お金がないせいで粗末なシーツで寝ていたとしても、俺は全然眠ることができる。


 そんな俺の答え方に、サキちゃんが憤慨する。


「だーめ!! 眠れないの!!」

「えぇ。いや、どういうこと?」


 誰かに助けて欲しいんだけど。

 背後を伺うが、ミサさんの姿は見えない。

 一人でこの部屋にやってきたのか。

 他の客もいる訳だし、あまり夜中に一人で出歩くのは感心しないな。


「ママは?」

「ママはね、泣いてるの」

「……えっ」

「パパがいなくなってから、ママ、たまに泣いているの。だから、ママと一緒には眠れないの……」


 ミサさんだって泣いている姿をわざとサキちゃんに見せている訳じゃないはずだ。

 ミサさんは隠しているつもりでも、サキちゃんはずっと前から気が付いているんじゃないだろうか。

 子どもは、大人が思っているよりよっぽど鋭い時があるからな。


 泣いているママの声で眠れないなんて言えるはずもない。

 だから、俺が眠れないことにしたいのか。

 だったら、乗っておこうかな。


「それじゃあ、一緒に寝ようか。俺、眠れなくてさ」

「うん!!」


 どうしようかな。

 親御さんの許可なしに人様の娘さんと、本当に一夜を過ごす訳にはいかない。

 寝たら、部屋まで送ってあげようかな。


 サキちゃんは勝手にベッドに座る。

 なので、俺も一緒にベットに座った。


「ずっと訊きたかったんだけどさ、なんで俺のことをパパって呼ぶの?」

「だって、パパはパパだから」

「うーん」


 この辺が未だに一方通行だな。

 もうちょっと心通わせたいんだけど。


「パパはどこへ行ってたの?」

「どこへって……」


 まあ、異世界なんだけど。


 でも、サキちゃんはそういう答えを求めているわけじゃなさそうだった。


「おとーさんは、勇者と戦って怪我してたから帰って来れなかったんだよね」

「……それはママから聴いたの?」

「うん。ママがね。パパは大怪我しているからしばらく帰ってこれないって言ってたの。だから帰って来てくれて嬉しかった」


 声が震えている。

 寂しかったんだ。

 ずっと。


 こんなに小さい身体で、父親がいない寂しさを堪えていたんだ。

 俺も親が居なかったから、気持ちが分かる。

 学校での授業参観があった時や、辛い時があった時に相談できなかった時。

 支えになってくれる人がいなくて、途方に暮れていた。

 もしもあの時、傍に居てくれる人がいたら違っていたのかも知れない。


 片親がいても、俺のせいでずっと働いていて、甘えられなかったんだよな。

 甘えてみても、疲弊しきっていてまともに相手してもらえなくて、負担をかけてしまったことは子どもながらに分かったから、二度としなくなったんだよな。

 実の親だからこそ、甘えられなかった。


「パパ、抱きしめてくれる?」

「うん」


 ベッドで寝転がっているサキちゃんを抱えるようにして、抱きしめる。

 温かかった。

 人間の体温を感じるなんて何年ぶりだろうか。


 ずっと独りぼっちで、俺は誰にも相手にされなかった。

 この子は俺のことをパパと呼んでくれる。

 本物のパパはもういないことを、本人は気が付いているんだろうか。

 気が付かないでいて、俺のことを本気でパパだと勘違いしているんだろうか。

 どちらにしろ、俺のことを慕ってくれるこの子のことが愛おしくなった。


「あっ」


 首元を撫でていたら、サキちゃんが声を上げた。

 擽ったかっただろうか。


 小さい頃、俺にも眠れない日があった。

 その時に母親にしてもらって、心の底から嬉しかった時のことを想い出したんだけど、ダメだったかな。


「ごめん。触らない方が良かった?」

「ううん。気持ちいいからもっとやってもいいよ」

「そっか……」


 サキちゃんが寝息を立てるまで、俺はずっと続けた。


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