第15話 勇者の遺産

 宿屋に戻ると、ミサさんを椅子に座らせる。

 明らかに動揺しきっているので、水の入ったコップを渡すと、ありがとうと言って飲みだした。


「あいつらは誰なんですか?」

「城の連中だよ。観れば分かるだろ?」


 見ても分からなかったけど、兵隊なのか? あの人達。

 それにしては手口が乱暴だったな。

 いや、それが普通なのか。


 俺だって城の中でかなり強引に話を進められたな。

 日本の警察が優しいだけか。


「なんでミサさんを誘拐しようとしたんですか?」

「私もよく分からないよ。私に何か仕事をさせようってのは分かったけどね。前に城で仕事をしたことがあったからね。それで私の力を借りようってことなんだろうけど、私は御免だね」


 わざわざミサさんを狙ったのは何でだろう。

 城なんだから、人材に溢れているはずなのに。


 ミサさんに何か特別なスキルでもあるのかな。

 元冒険者とはいえ、宿屋の女主人をわざわざ強硬策を取る理由が思い当たらない。


「あの第三王子が関わっているっていうなら、どうせ勇者絡みのことさね。勇者に協力するなんて死んでも嫌さね」

「あいつか……」


 俺を殺す指示を出した第三王子。

 まさか、こんな場所でも耳にするなんて。

 だけど、勇者絡み=第三王子に直結する理屈が図りかねている。


「フラスコ王子と何かあったんですか?」

「……アンタには助けてもらったから、少しは話すけどね。あいつは昔から異世界召喚に執心していた。だけどね、異世界の人間がこの世界を救えるはずなんてないんだよ。所詮は他人の世界だ。それを救おうだなんて酔狂な奴がいる訳がない。力を持てば誰だって暴君になり得るんだよ」


 随分と異世界人に偏見があるようだけど、ミサさんの過去を知っている俺としては何も言えなかった。


 俺だって、ミサさんに恨まれている人間の一人なのだ。

 俺、異世界人ですって告白したら、殺されそうなぐらい、今、憎しみに満ちた瞳をしている。

「昔ね、フラスコ王子によって召喚された勇者がいたんだ」


 ミサさんはコップを置くと、昔のことを語り出した。


「そいつはね、えらく評判だったよ。弱きを助け強きを挫くような勇者で、当時の魔王を倒した程の力を持っていた」

「――え? 魔王を倒した? じゃあ、もう勇者を召喚する意味ないじゃないですか!?」

「何寝ぼけたこと言ってんだい。魔王は個人名じゃない、称号だよ。魔王が死んでも受け継がれるんだ。魔王が死んだら新しい魔王が生まれるんだよ。勇者だって死んだら新しく召喚されるだろ?」

「えぇ……」


 そういえば、国民的ゲームでも、ナンバリングことに違う魔王というかラスボスは毎回出てくるな。

 そうか、勇者と魔王どっちも新しいのがどんどん筍みたいに出てくるのか。

 なんか、戦いが終わりそうにないな。

 俺がいた世界も争いごとは一生なくなりそうにないけど、この世界も一生、魔王と人間との戦いは続いていきそうな情報を聴いてしまった。


「当時の勇者は誰にでも優しい勇者でね。世界を救った後には政治も行った。特に、獣人の奴隷制度については厳しく規制しようとしていた。――だけど、勇者は力に溺れたんだ」


 嫌に力について強調してくるな。

 その当時が、いつ頃なのかは知らない。

 ただ、魔王を倒すほどの力を持った勇者ってことは、相当強かったんだろうな。


「あの運命の日。勇者は獣人達を虐殺したんだ」


 ポタッ、と蛇口から漏れる水の音が聴こえた。


「女子ども老人関係なく、その場にいた数百人もの獣人達を殺したんだ。そして、その場に居合わせた私の夫は、獣人達を守ろうとして、散っていった」


 水の音がまたしたと思ったら、それは鼻を啜る音で。


「馬鹿だろ? 勝てる訳ないんだ。勇者に……」


 ミサさんは涙を流していた。


「勇者はその後どうなったんですか?」

「殺されたよ。自分のパーティだった仲間にね。そいつは今や英雄扱いだよ。私だってそうだ。あの極悪非道の勇者の首を斬った英雄に感謝している」


 気丈に喋るミサさんだったが、声はまだ震えている。

 旦那さんが死んで平気なはずがない。

 さっき、自分は誘拐されかけたのだ。

 まだ恐怖は残っているはず。

 それでもちゃんと話そうと必死になってくれている。


「勇者は本当だったら市中引き回しした後に、首を切って数週間はさらし首にして欲しいぐらいだったけどねぇ。流石に元仲間だった勇者の首を晒すのは拒んだらしいさね」


 世界から――特に獣人達から見たらその英雄は、まさに救世主だろう。

 だけど、本人にしか分からない葛藤みたいなものがあったんじゃないだろうか。

 いきなり力を使いたくなった勇者だって、寝食を共にした仲間だったのだから。


「だけどね、悲劇はそこで終わりじゃなかったんだ」

「え?」


 数百人以上の獣人達が死んだ、それ以上の悲劇があるなんて信じられなかった。


「更なる悲劇を呼んだのは勇者が残した遺産だった」

「遺産、ですか?」

「奴隷には首輪や枷がつけられているんだけどね、それを作ったのが勇者なんだ」

「奴隷……」


 この異世界に来てから、そんな首輪を眼にしたか?

 城と、ダンジョンと、この宿屋しかこの異世界のことを知らない俺からしたら、奴隷制度についての知識は0だ。


「勇者のスキルは、スキルを無効化するスキルっていう、最強のスキルだった。勇者の死後、そのスキルが付与された枷が大量生産されたのさ」


 頭がドンドン追いつかなくなってきた。

 スキルを付与して、それを大量生産できる?


「だけど、勇者は死んでいるんですよね? 付与なんてできるんですか?」

「普通だったらできない。だけど、それを可能にした奴がいる」

「それって……」

「そう、第三王子フラスコの施策だよ。あれだけ奴隷制度に反対していた勇者は、裏ではフラスコと繋がっていて、奴隷を意のままに操る算段をしていたのさ」


 勇者一人じゃ大量生産をするなんてできそうにない。

 誰かと裏で手を組んでいなきゃおかしい。


 そこであの第三王子フラスコが出てくるのか。

 色々と繋がってきたな。


「それまではただ頑丈なだけの枷で、スキルを使えばすぐに壊せた枷をスキル封じという最悪のスキルを付与したのがその当時の勇者だ。なんて、なんて……最悪な勇者だったんだろう」

「…………」


 スキルには身体強化のスキルだってあったが、それも無効化できるとしたら、その枷を破ることは誰にだって不可能だろう。


 レベルが上がることによって力が増幅されるだろうが、普通の人間だったらダンジョンから出たらレベルが1に戻るという。


 つまり、この世界において今流通している枷を、一度付けられてしまった者は絶対に自力じゃ破壊できないってことになる。


 考えれば考えるほど、とんでもない悪魔の装置を、その当時の勇者は造り上げてしまったようだ。

 仮にその勇者が英雄に殺されずにまだ生きていたら、もっと酷い世の中になっていただろう。


「いいかい。異世界人にだけは近づかない方がいいよ。あいつらはこちらが気を許したらだまし討ちをするんだ。この世界のことなんてこれっぽちも考えちゃいない。そしてそれを利用する第三王子にもだ。分かったかい?」

「……はい」


 もう何も言えななかった俺は、それだけ言うとこの場から消えたくなった。


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