第18話 弁当売り上げの推移


「つ、疲れた…」


 椅子に座り込む。

 最近忙しくなったので疲れてきた。

 宿屋の営業だけじゃなく、弁当のメニュー開発作りも忙しいのだ。

 思い付きで発言するものじゃないな。


「……なんか、弁当屋みたいになってきたな」


 朝食の残り物で弁当を作り、宿に泊まった冒険者の為だけに売り始めた。

 だけど、この世界にはない料理を売り始めたことによって、想像以上に売り上げが上がった。

 そのお陰で連日売り切れになり、そして宿屋の客から口コミが広がった。

 宿屋なのに、弁当が目当てで宿屋に来る客が来るようになった。


 食材ロスの件は改善されたけど、客が押し寄せるせいで、宿屋の中が騒がしくなって宿泊客によるクレームがちらほら聴かれるようになった。


 宿泊客限定で売る弁当にするのか、それとも宿屋の外で弁当を売るか。

 何かしらの対策を立てなければならない。


 宿屋という慣れない仕事の上に、新しい弁当の試作もあり、肉体的にも精神的にも疲労が溜まってきた。

 ただ、自分の意見がすぐに反映されるのでやりがいがある。


 チェーン店になると、自分の意見をいかに殺して、均一の商品、平等な接客が求められる。

 自由にできる分楽しいし、何より店主がミサさんなので働きやすい。


「新しい人間を雇った方がいいかねぇ。アンタもそろそろ旅費が溜まってきたんだろ?」

「うーん……」


 確かに金は溜まってきた。

 外に出ようとするとその度に何故かミサさんに止められるので、この異世界のことはあまり知らない。

 不安もあるし、何よりこの生活が気に入ってきてしまった。


 勇者でもなく、異世界召喚に巻き込まれてしまっただけの俺には目的がない。

 ここでずっと安定した生活ができるなら、それが一番なのかも知れない。


「実はどうしようか迷っているんです」

「私はどっちでも構わないよ。ただ、居てくれた方が助かるからね」


 そう言ってもらえると助かる。

 本当にこのままずっとここにいようかな。


 フト、壁に掛けられている時計に、ミサさんが視線を移す。


「そろそろ時間だ」

「? 何かあるんですか?」

「ああ、ちょっとね。肉の配送業者の人が腰をやったみたいでね。取りに行かないといけないんだよ」


 腰って、ぎっくり腰か何かかな。


 それに、肉か。

 荷車ぐらい使うだろうけど、大量に仕入れるんだったら重そうだ。


「俺も行きましょうか? いや、俺が行った方がいいですか?」

「場所分からないだろ? アンタには店番お願いするね。ちょっと行ってくるよ」


 ミサさんはそう言うと、皿洗いを辞めて布巾を置く。

 その拍子に何か落ちたので、拾うと指輪だった。


 これって、もしかして結婚指輪か?

 教えてあげないと。


「あっ、ちょ、ちょっと!」


 呼び止める間もなく、ミサさんは走って行ってしまった。

 時間の約束でもしていたのだろうか。


 結婚指輪って結構大事だよな。

 今から走れば追いつけるかな?

 でも、俺が出て行ったらこの宿屋はどうなる?

 客がいないとはいえ、閉める作業もあるし。


「パパ、どうしたの?」


 悩んでいると、サキちゃんがどこからか出て来た。

 この子だったら店番頼めるだろう。

 俺が来る前からここにいるんだから、俺よりも店番経験豊富なはずだ。


 走れば今ならまだ間に合うはずだ。


「ちょっと店番お願いできるかな?」


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