第19話 「ドォ――ンッ!!」(ミサ視点)

 目的地の道中で立ち止まる。


「あっ――荷車――」


 荷車を忘れてきてしまった。

 約束していた時間に遅刻すると思って焦って外出したら、一番肝心な荷車を持ってくるのを忘れてしまった。

 重い肉を袋に入れて運べなくはないが、途中で何回か休憩を入れなければならない。

 ボケるにしても早すぎる。

 なんで一番必要な荷車を忘れてしまったんだろう。


 そもそもこうなった原因は、約束していた時間を忘れてしまったことだ。

 ちゃんと事前に荷車を準備できていれば、こうなることはなかった。

 だけど、あの従業員との会話が楽しくて時間を忘れてしまったのだ。

 商売人失格だ。


「何やってんだろうね、私は」


 最近、気が付いたら彼のことを視界に入れてしまう。

 ボゥとする時間も増えてきてしまった。

 できればずっと『ホーム』に居て欲しい。


 でも、それは無理だ。

 きっと彼は私の前から消えてしまう。

 そんな予感がしている。


「ぐあっ――」


 道の端で男が倒れ込む。

 こんな時間から酒でも飲んだか、それともこけただけなのか。

 前のめりになったまま起き上がろうとしない。


 周りを見るとひと気がない。

 連れもいなさそうだ。

 そのまま路上に放置しておく訳にもいかない。


「……アンタ、大丈夫かい?」


 声をかけると、こちらを振りむき笑顔で答える。


「……どうもすいません」


 その笑顔がどうにも胡散臭い。

 どこも痛めていなさそうだ。


 男の視線が私の背後に固定されているのと、馬車の音が消えたのが同時だと気が付くと、私は嫌な気配を感じて振り返る。

 その瞬間、口元に布を当てられると、そのまま馬車の中に引きずり込まれる。


「ん、んんんんんんんっ!!」


 大きな声が出せない。

 いつの間にか接近していた馬車の中に入ると、そこには男達が複数人いた。

 そいつらは宿屋に以前来た兵達だった。


 まさか、また私を誘拐しに来たのだろうか。

 だとしても、こんな強引なことまでして、私を狙う意図が分からない。

 そこまでの付加価値が私にあるとは思えない。


「静かにしていろ。どうせ誰も助けなんてこないんだからな」


 男の言う通り、通行人はいなかったし、いたとしても馬車が死角になって見えなかったはずだ。

 誰かが助けに来てくれるのは望み薄だろう。


「最初から我々についてきてくれば、こんな手荒な手段を取らなくて済んだんだ」


 口枷だけでなく、手に縄まで縛られた。

 精一杯暴れているのに、足首まで縄を結ばれる。

 その一連の動作は流れるようにしていて、慣れているのが分かる。

 私以外の人間も攫っているのだ。


「勇者様がお前のことを甚く気に入ったらしくな。貴様がパーティメンバーじゃなきゃ嫌だと五月蠅いんだ。今度こそ我々に従ってもらうぞ」


 すると、気弱そうな顔をした兵隊が、おろおろし始める。


「大丈夫なんですか? こんなことして。絶対にコイツ、言う事聴かないですよ」

「薬を使えば、誰だって言う通りよ。あの勇者だって――」

「言うな!!」

「す、すいません……」

「まあいい。……安心しろ。お前の娘も一緒に連れてきてやるからな」


 頭に血が上った私は、得意げにしていた男の鼻面に頭突きをかましてやった。


「ブッ!! こ――こいつ!!」


 他の兵隊が横から首元に杖を添えてくる。

 それは銃口を突き付けられたのと同義の行為だ。


「顔以外は傷つけてもいいと言われている」


 さっき私が頭突きをした兵士が、鼻を抑えながら血走った眼で睨んでくる。


「私にこの糞女を一発殴らせろ」


 鼻血に濡れたその拳を振るおうとした瞬間――馬車が大きく揺れた。


「な、なんだっ!!」


 混乱するのは私だけじゃなく、中にいた兵達もだった。

 馬の嘶きが聞こえてくると、


「ぎぃやあああああっ!!」


 男の悲鳴が聞こえてきた。

 馬の鳴き声とほぼ同時に前方から聞こえて来たということは、馬の手綱を握っていた人物の悲鳴だったのだろうか。


 車内にいた男達にも緊張が走り、無言で頷く。

 手で合図して一人が外に飛び出すと、


「ドォ――ンッ!!」


 兵が飛び蹴りを喰らわされた。


 私は外から漏れる光を求めて、芋虫のように這って出る。

 すると、そこに立っていたのは、私が思い描いた通りの人間だった。


「この前の包帯男か? 馬鹿な!! どうやってこの馬車まで追いついた!? 馬を使ったのか!?」


 確かに、乗り物なんて何もないように見える。

 馬車は加速していたのに、それよりも早い乗り物が視界にあったなら分かるはずだ。


 いや、それよりもどうして助けに来てくれたんだろう。

 歩道から私が攫われたとしたら、視界が遮られていた。

 つまり、私の小さな声を拾って、そして、ここまで危険を冒して追いかけてくれたのだ。

 僅かな可能性だったのに、そこまでしてくれたのだ。


 私の眼からは自然と涙が流れていた。


 これで二度目だ。

 二度も命を助けてもらった大恩人だ。


 なのに、彼は何事もないかのように兵達の問いに答えた。


「え? 走って追いついた」



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