第21話 いつか帰るところ

 手足が自由になったミサさんは、木陰に行くと座り込む。

 こちらをほとんど見ようとしない。

 いや、見たくないのかも知れない。


「ありがとう、助かったよ」


 言葉では感謝の気持ちを示してくれているが、言い方がそっけなかった。

 やっぱり、異世界人というものを憎みきっているのだろう。


「どうして助けに来れたんだい?」

「走るスピードは自分でもよく分からないほど向上してましたけど、きっかけはコレです。落としましたよね?」


 肩越しに指輪を渡すと、ゆっくりと両手で包み込む。


「ありがとう、大事な物だったから助かったよ」


 その言葉は心に染み渡るような響きだった。

 だけど、


「命を助けてもらって悪いけど、出て行ってくれないかい? 私は異世界人が嫌いなんだ」

「……はい」


 一転して突き放すような口調になる。


 それもしょうがない。

 顔すら合わせたくないぐらい憎んでいる人種をここまで世話をしてくれたのだ。

 感謝の言葉はあっても、批難はできない。


「ただ、これだけは言わせてください」

「なんだい?」

「助けられたのは俺の方です」

「?」


 俺が何も考えず、ミサさんを助ける為に命を張れた理由は、既に、俺は死んでいたはずだったからだ。

 ここに転生する前に、俺は死ぬはずだった。

 だけど、救われた。

 命令されて仕方なくだったかも知れない。

 だけど、目の前で死にそうだ俺に、命をくれた。


「俺がこの世界に来て初めて会ったのは、ミサさん。あなただったんですね」

「…………!」


 最初に会った時に既視感のようなものがあった。

 この世界で目を覚ました時に、傷をいやしてくれた人がミサさんだったんだ。

 あの場にいて、逢坂の目に留まったから誘拐されそうになったんだろう。

 俺と逢坂の命を救ってくれたのは、ミサさんだったんだ。

 あの時とは随分態度や物腰が違うから、気が付くまでに時間がかかった。


「その時も助けてもらったし、それに、ドラゴンにやられた時も助けてくれました。俺は二度命を救われました。ミサさんがいなかったら、俺、もうとっくに死んでました。――だから、ありがとうございました」


 きっと、もう会う事もないだろう。

 命の恩人に、俺はとんでもないことをしてしまった。


 こんな年齢だというのに、いつまでも好意に甘えてしまった。

 ずっと、彼女を苦しめていたのだ。

 ここに来たくても、もう来ることはできない。


「また!」


 足早に去ろうとしたけど、その大声に動きが止まる。


「また疲れて怪我が酷い時は宿屋に来てもいいんだよ。旅の途中で疲れた時でいい。たまにだったらいいさね」



 湿っぽい声で、ミサさんが泣いているのが分かった。

 また、泣かせてしまった。

 顔を見ずとも分かる。


「俺にはもう帰る場所はないです。だから、またあそこに帰ってきます。あの『ホーム』に」


 元の世界に戻ったら俺は死んでしまう。

 故郷には二度と帰れない。

 だけど、第二の故郷はどこかと訊かれたら、俺は即答できるだろう。

 今までの人生で感じたことのない温かいものをくれたその場所に、俺はいつか帰って来るだろう。

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