第29話 巻き込まれただけの一般人(ギルド長視点)

 冒険者達がじゃんけんをしている。

 こうなることは予想していたが、運任せで勝負をする者がほとんどだ。

 分かりやすいぐらいのヒントを散りばめたつもりだったが、真意に気が付く者は少数派だったようだ。


 じゃんけんという単純な勝負だからこそ、自分の強みを生かせることができるはずだった。

 ジョブやスキル、経験や知識など、やりようはいくらでもあるが、それに気が付かず、ただ何の考えもなしにじゃんけんしているような方々に、冒険者としての未来があるとは思えない。


「本当にこれで良かったんですか? ギルド長」


 受付嬢の一人が不安そうな顔をしている。

 自分だってそうやって弱音を吐きたいが、立場がそれを許さない。


「今更、何を言っているの。あなた達だって昨日、納得したじゃない」

「でも、この試験のせいで力の足りない人間が冒険者として合格になったら死者が沢山出たら、冒険者ギルドに苦情が来ますよ」

「そんなの関係ありませんよ」


 影からヌッと出て来たカッコウ様に、ヒッ、と受付嬢は小さい悲鳴を上げる。

 固有スキルを使わずともどこからでも現れることができるようだ。

 流石に気配を消すのが上手い。


「筆記試験で百点を取ろうが、ダンジョンでは何も役に立たない。冒険者の死者数を見ればそれは明らかでしょう。苦情が来たとしても押し通してください。あまりにも五月蠅い場合は私の名前を出してください。皆さん、何も言えなくなるでしょうね」


 す、すいませんでした、としどろもどろになりながら受付嬢は姿を消す。


 それでいい。

 この化け物の相手は私じゃなきゃ務まらないのだから。


「責任は私が全て取ります。ですが、あなたには聴きたい事があります」

「何でしょう」

「この試験、勇者を冒険者にさせるためにカッコウ様が作ったんじゃないですか?」

「……どういうことでしょう」


 空気がピリつく。


 遠くにいる受付嬢ですら、ひぃ、と小さく慄いている。

 真の実力者は手を出さずとも格下を倒せるという話があるが、カッコウ様ならば可能だろう。

 放たれているプレッシャーを浴びているだけで対峙しているのが苦しい。


 この人には、私を今すぐ処分してもいい覚悟と権利がある。

 それを再認識させられた。


 あまり強い言葉を使ってはいけないが、引いてもいけない。

 弱みを見せてはギルド長の沽券に関わる。

 それに、自分が弱いとバレたら、余計にカッコウ様はその弱みをついてくるだろう。


「あなたがこの試験を作ったなら、この試験を勇者様に事前に教えることができたはず。それなら対策を立てることができるはずです」

「……それについてはノーコメントとしておきましょう」


 柄頭に乗せていた手を放す。

 どうやら私は斬られずに済んだようだ。


「まあ、仮にそうだとしても、彼は中々面白い勇者ですよ。利己的で、自分の欲望の為ならば躊躇がない。彼ならば、平然と獣人だろうが人だろうが邪魔になるのなら、自分の利益の為に殺すことができるでしょうね」

「……まさか、また勇者を……」


 危険すぎる勇者は魔王よりも厄介なはずだ。

 彼はまだ冒険に出ていない。

 だからまだまともにスキルを習得していないはずだ。

 だからもしもまた暴走した時は被害が少ないはず。

 今の内に消しておくつもりなのだろうか。


「それはないですね。フラスコ王子は彼に首輪をつけると言っていましたからね」

「……首輪?」


 奴隷につける首輪のことだろうか。

 確かにあれをつけることができれば、勇者も無力化することができるかも知れない。

 ただ、勇者が指をくわえて自分が奴隷になることを認めるだろうか。


「そんなことより見てください。どうやらこの試験、面白い方法で突破する者が三人いるようですよ」

「三人?」


 じゃんけんをしている受験者を遠巻きに見ている者がいる。

 怖気づいて勝負を引き延ばしにしている者なのか、それとも試験の突破口を見つけようとする者なのか。

 私には判断がつかない。

 だけど、カッコウ様にはそれが分かるらしい。


「一人は魔王を打倒する為に異世界から召喚された勇者、そしてもう一人は首輪をつけられた奴隷の獣人」


 指を順に差していく。

 確かに、そう言われればどこか動きが違う気がする。


 それに、試験が始まってから時間が経って、未だに二人は勝負が決まっていないようだ。

 策を練っていたのだろうか。


「あと一人は誰ですか?」

「あと一人は――」


 最後に指差したその先には、


「巻き込まれただけの一般人」


 頭に包帯を巻いた重度の怪我人みたいな奴だった。


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