第12話 朝食の食品ロス問題

「ミサさんって冒険者だったんですか?」

「宿屋の運営資金はそこから出したんだよ。ただ年を重ねる内に冒険者をやるのが辛くなってきたんだ。自分に冒険者の才能がないのも分かっていた。だから、冒険でパーティを組んでいた男に誘われて、宿屋を作ったんだよ」


 冒険者って、要は肉体労働みたいなものか。

 俺もコンビニでずっと立ち仕事を続けていて限界を感じていたから、他人事とは思えない。


 こうして宿屋の経営ができているってことは、ミサさんも冒険者より宿屋の仕事の方が合っていたんだな。


「私達はもう夢を追い切れないけど、夢を追っている若者の力になれないかってね」


 ミサさんは深いため息を吐く。


「あの頃が一番楽しかったねぇ。自分達にもできることがあるって思ってたから」


 自分で店を持ってそれを経営するって、並大抵の努力じゃ成立しないだろう。

 野菜御婆さんの話を聴いて痛烈に思った。


「……旦那さんは?」

「旦那はもういないよ」


 食い気味に返してきた。

 俺が質問してくることを予見していたかのようだ。


「それよりも、アンタはどうするんだい?」


 話を逸らすように、強引に話題を変えてきた。


「俺、ですか?」

「ここを出たら、借家を借りるか、それとも野宿や宿屋に泊まりながら、旅をするのかい? 就職は決まったのかい?」

「それは……」


 なんか、異世界に来たのに現実的なことを言われてしまった。

 冒険者ギルドへ行って、依頼をこなして毎日をファンタジー世界のように面白おかしく過ごすのを、薄っすら想像してしまった。

 けど、日本とこの辺は変わらないな。


 どうしようか?

 異世界にも適性検査とかないんですかね?


 答えに窮していると、


「どこに行くのかも、何をやるのかも決まっていないならウチにいてもいいんだよ」

「え?」

「ウチの御姫様もアンタに懐いている。それに、仕事ができない訳じゃない。ここに来る前は働いていたんじゃないのかい? 冒険者じゃなかったんだろう?」


 御姫様って、娘のサキちゃんのことか。

 そういえば、気になっていたことがあったな。


「なんで、サキちゃんは俺のことをパパって言うんですか?」

「……まず、質問に答えな。どうするんだい? うちで働くなら歓迎だよ」

「……うーん」


 答える気ないな。

 さっきから、大事なところではぐらかされている。

 それもそうか。

 俺とミサさんは会ったばかりだし。


「もう少し考えさせてもらえませんか。勿論、助けてもらっていた治療費や、ここの滞在費は働いて返し終えるまではここにいるつもりです」

「ハッキリしないね……。まあいい、考えているだけでいい」


 そう言うと、ミサさんは話が終わったとばかりに作業を始める。

 厨房の料理を一か所にまとめていた。


「それって、何ですか?」

「何って、ゴミだよ、ゴミ。泊まる客が想定より少なかったり、朝食いらないってキャンセルしたりする客がいたら、料理も余っちまうだろう? 傷んだ野菜を客の前に出せるかい」

「廃棄か……」

「朝食を作るようになってお客が増えたんだけど、どうしてもこうやって廃棄が出ると余計にコストかかるねぇ。料理が提供できないと信用問題になるから、多めに作らないといけないんだ」


 コンビニだと毎日のように廃棄が出てたな。

 袋にいっぱいの廃棄があって、一袋じゃ入りきらないときもあった。


 調理済みの料理の廃棄って、どこでもあるもんだな。


 この宿に宿泊する客の多くは、冒険者。

 朝早く出かけてないといけないから、朝食には需要がある。

 でも、ダンジョンに出かけた時に、料理をまた始めるって手間じゃないのかな。

 それこそ、昼食となるようなものが、この宿屋で手に入ったら、お客さんがもっと喜ぶんじゃないのかな。


「これ、弁当にして売ればいいんじゃないですか?」

「ベントー? 何だい、それ?」

「……もしかして、弁当を知らないんですか?」

「ああ、知らないねぇ」


 競争相手がいない。

 これ、かなり名案かも知れない。


 今、日本でやるなら、まず勝てない。

 日本中どこにでもコンビニがあるし、ホテルの中にコンビニがある場所だってある。

 だから、やっていないけど、この異世界なら通じる商売じゃないのか。


 宿屋で働くなんて自分には向いていないと思っていたけど、少しは貢献できるかも知れない。


「もしかしたら、廃棄問題が解決するかも知れないですね」


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