第34話 ついにダンジョンへ


「――どうぞ。通っていいぞ」


 ダンジョンの敷地内に入る前に大きな囲いがあって、そこに入るには冒険者の資格書が必要らしいので通せんぼしている人に見せたら通された。


 どこの所属の人なんだろうか。

 冒険者ギルドの人なのか、国が派遣した人なのか。

 包帯で顔を巻いているので顔見せぐらいは覚悟していたけど、すんなりと通してくれた。


 やっぱり、冒険者の資格ってだけで価値があるものなのか。

 じゃんけんで勝っただけで貰った人がいるのに。


「本当にパスポートみたいだな……」


 冒険者資格の試験が終わって数時間。

 なるべく早くダンジョンに挑むことにした。

 来る前にはできるだけ装備を整え、冒険者ギルドでは受付嬢に嫌な顔をされるぐらい質問した。


 それから首都で開かれていた市場で、何が売られているかを調査してここに来た。

 食べ物や香辛料を取り扱っているのが多く、装備品が売られているのはちゃんとした店だけだった。

 やはり素人というか、駆け出しの商品が扱える商品っていうのは限られているんだろうな。


 利益をがっつり得たいんだったら、冒険者の装備品が一番効率が良さそうだ。


 品質を一目で判別できる俺なら転売屋でも上手くいきそうなんだよな。

 商品を多く扱っていたら全ての商品を目利きできるとは限らない。

 必ず価値よりも低く売買している商品がある。

 それは市場だけじゃなく、店も回った俺から見れば確実だ。


 安く仕入れて、他で高く売ることは俺なら時間をかけずに実行できる。

 ただ、そのやり方は他の商品に目を付けられることになる。

 転売するのは最後の手段ってところだな。


「なあ、今回勇者様以外にもう一人召喚されたんだって?」

「ああ、知っている。だけど、そいつって逃げ出したんだろ? ろくなスキルを持っていないからってさ」


 ダンジョンに向かう途中でもチラホラ他の人がいた。

 きっと俺と同じ冒険者なんだろうけど、噂話のボリュームが大き過ぎる。


 そうか、俺って逃げたことになってるのか。

 異世界人だということがバレたら、文句の一つぐらい見知らぬ人に言われるんだろうか。

 異世界人は勇者になって世界を救う存在なのに、なんでお前は使命を放棄するんだって。

 何やらそんな空気がするな。


 やっぱり、ずっと姿は隠していた方がいいな。


「おい、あいつ、Cランク冒険者を倒したって噂の……」

「あの包帯男な。実は凄く強いんだってな」


 と思っていたら、別の意味で目立っていた。

 包帯をずっと巻いているせいで有名になっていた。

 毎日巻き過ぎて最初は手間取っていたけど、今ではすっかり巻くのに慣れてしまった。


 いい感じの帽子がないから、もう坊主にするしかないと思っている。

 散髪屋がどこにもないんだけど、もしかして異世界の人って自分で髪の毛切っているのか? いやそんなことはないよな。

 土地勘がないせいで未だに分からないことが多い。

 やっぱり、現地の人間とパーティを組んだ方がいいよな。


 ただ、試験の時に目立った行動を取ったせいで、微妙にみんなから距離を取られている気がするんだよな。

 みんなが平和的にじゃんけんで勝負したのに、いきなり暴力を振るった奴みたいな悪印象を与えてしまったみたいだ。

 パーティを組んでくれる相手がいなかった。

 そもそも気楽に知らない相手に、冒険するからパーティを組んでくれ、なんて気軽に言えるような性格じゃないんだよな、俺。


「うーん。どうしようかな」


 冒険者になってダンジョンで仕入れたものを持ち帰って売る。

 それだけを考えて商売をしようとしていたけど、軽い考え方だったな。

 実際に競合相手を確認して思ったけど、当たり前だけどみんな真剣にやっている。

 そして俺なんかが来る何十年も前からその商売一本でやってきているのだ。

 コンビニで店員をやってきた俺なんかよりもよっぽど知識や実力もある。

 使われてきた俺とは地力が違う。

 同じことをしても商売になり辛いだろうな。


「おにぎりを一万円で売る方法と同じことをやればいいんだよな」


 面接でお決まりの質問の一つに、おにぎりを一万円で売る方法は?

 という質問がある。


 模範解答は、アイドルが握ったおにぎりを売るとか、食料のない無人島で売るとかそういう答え方だ。

 実際、山にある自動販売機の値段は街の自販機とは別物だと聴く。


 山でジュースを売る。

 砂漠で水を売る。

 ダンジョンで装備品や食料を売る。


「――これだよな」


 ダンジョンは危険地帯。

 それがこの世界の常識らしい。

 ギルド長が口を酸っぱくして言っていたことからも、それは明らかだ。

 だけど、俺にとってはどうやら適用されないかも知れない。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


【固有スキル】経営圏(レベル10)・アイテムボックス(レベル25)


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 俺の固有スキルは常時発動型のスキルっぽいんだよな。

 常に自分独自の領域をある程度まで拡げることができ、その中で俺の物だと断定できるものに関しては、誰も壊すことができない。

 それはレベル50の相手でも適用されることは実証済みだ。


 つまり、ダンジョン内で俺の私物でバリケードを作ることができれば、そこは安全地帯となり、そこで商売をすることができるってことになる。

 売り物は現地調達し、それが法外な値段であったとしてもダンジョン内の冒険者は買わざるを得ない。

 ダンジョン内で店を作り、商品を売ることができる。

 そんな前例がないことは、冒険者ギルドで既に聴いている。


「そんな商売ができるのは、きっと俺だけだ」


 問題点はまだまだ山積みだ。


 商品の確保と、それからレベルだ。


 今まで相手にしてきた相手は油断しきっていた。

 それにダンジョンの外だからレベル1の相手だったから勝てたのだ。

 だが、ダンジョンではみんなレベルが上がる。

 俺のレベルのアドバンテージがなくなることになる。

 ということは、レベリングの課題があるということだ。


 疑問に思ったのは、戦闘をしてもレベルが上がらなかったことだよな。

 ミサさんを襲った人攫い達とCランク冒険者のシュタインとの戦いで、レベルの一つや二つ上がると思ったけど、何の反応もなかった。


 人間相手だからだったのか、それともダンジョンでの戦闘じゃなかったからなのかは分からないけど、レベルが上がらなかったのは痛かったな。

 戦闘したんだから経験を踏んでいて経験値を得ているはずなのに、どうしてレベルは上がらなかったなんだろうか。


 それとも自分と同等レベルの相手じゃないとレベルが上がらなくなってしまったんだろうか。

 レベルだけで言うと、相手は全員レベル1だ。

 レベル1の敵を倒しても、経験値なんて微々たるものだとしたら、レベルを上げていくのは思ったよりも大変みたいだ。


 命懸けで倒したレッドドラゴンはフロアボスだった。

 あれがダンジョンをどこまで潜った所にいるのか知らないが、奥底にいることだけは確かだろう。


「まっ、ごちゃごちゃ考えても意味ないか」


 潜ってから考えよう。

 初めての冒険ということで、Fランクダンジョンにしか入ることが許可を貰えなかったのだ。

 大した敵もいないだろう。

 苦戦もしないはずだ。

 適当な所で切り上げて、初めての冒険を終えよう。


「さて、入るか」


 俺はダンジョンに足を踏み入れた。


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