第35話 勇者の首輪(逢坂陣視点)

 ダンジョンを探索する時に、勇者だけが持ち得るスキルで脱出できる特権がある。

 それが、区切りがいい所ですぐさま脱出が出来るところだ。

 他の人間だと高価な道具を消費しなければいけないらしいが、そういう所では便利なのだろう。


 俺はすぐにダンジョンから帰還すると、近くの宿を丸ごと貸し切りにした。

 他の客は嘆いたり、文句を言ってきたりしたが、俺の姿を見ただけで黙り込んだ。


 それでも逆らってきた店主は口がきけない身体にした。

 その店主の妻と女の子どもがいたので、首輪をつけて逆らえないようにしてから一日が立った。

 ダンジョンで生死をかけた戦いによって昂った感情を、全部妻と子どもにぶつけたせいでヘトヘトだ。

 もう一日は経過している気がする。


 平和じゃない時代は出生率が上がるっていう説も、あながち間違いじゃないかも知れない。


「あの、も、もう……」

「まだッスよ、まだ……」


 女の服は破いて全裸になっている。

 俺のことをずっと睨みながら跪いているだけでも興奮するが、吐きそうに嗚咽を漏らす女の口に無理やり物を突っ込むのも愉快だ。


「飲み込みッスよ。じゃないと――」


 仰向けに倒れている子どもにわざとらしく目を向ける。

 まず妻の方を動けなくして、子どもを嬲ってやった。

 暴れて抵抗したので、顔や腹を強く殴ったせいで内出血している。

 口の端から液体を流し、か細い声で呻いている。


「……あ。え……が……」

「あ、あああああああああ」


 母親は絶望したように泣き出した。

 その情けない顔を見ると思わず嗤ってしまった。

 あれだけ果敢に挑んできたのに、今は俺の気分次第でこの親子の命運は決まる。

 先に父親に制裁を与えたのも脅しのいい効果になっている。

 この命を握る快感は癖になりそうだ。


「さっき言ってたッスよね? 勇者なんか死ねばいいって。今はどうッスか?」

「申し訳ありませんでした!! だからもう、娘には手を出さないで下さい!!」


 土下座になって許しを乞う母親の肩を蹴り上げる。


 頭を下げるだけなら誰だってできる。

 そんなことよりも誠意が見たい。

 殺したいほど憎い奴に、どれだけ屈辱を味わせても耐えられるということを見せて欲しい。


「なら、どうするかさっき教えたッスよね? 歯を立てたら、その時点で子どもがどうなるか分かってるッスよね?」

「は、はい……」


 舌を出して一生懸命首を動かすが、あまりにも動きが単調過ぎる。

 それに速く済ませようとするのが伝わって来て、全然感情が籠っていない。


「きゃ!!」


 頬を叩いて離れさせる。

 マッサージは相手の気持ちになってやるものだ。

 だが、こいつは自分達のことしか考えてない。

 なら、罰を与えてやるしかない。


「下手なんスよ」

「ああ、止めて、もう、子どもには――――アアアアアッ!!」


 俺に逆らったので雷系の魔法で痺れさせてやった。

 人によって系統で向き不向きはあるようだが、小さい威力ならばどんな系統だろうと使いこなせる。

 ましてや俺の固有スキルがあれば、小さい威力でも抜群の威力を出すことができる。


「魔法も面白いッスねぇ。こんな簡単にSMプレイできるんだから」


 意識を失わない程度に威力を弱めた。

 どんな見世物にだって観客がいなきゃ盛り上がらない。

 子どもが痛めつけられた時のリアクションを期待している。


「や、やめ……」


 辞める訳がない。

 他人の不幸が人間にとって最大の娯楽なんだから。


「勇者よ、遊びに興じるのは止めてそろそろダンジョンへ行ってもらうと助かるんだが」

「…………っ!」


 振り向くと、第三王子フラスコだった。

 気配もなしに近づかれたのはおもちゃに夢中になっていたせいか、それともこいつの気配を消す能力が凄まじいものだったからか。

 どちらにしても途中で遊びを中断されたのは面白くない。


「……珍しいッスね、王子様が直々にこんなところに来るなんて」

「勇者の活躍には期待しているからね。足ぐらい運ぶさ」


 そう言いながら、こうして俺の前に姿を現すのは久しぶりな気がする。

 いつも自分の部下を寄越すのだが、わざわざこうして姿を現したってことは、俺にとってあまり好ましい展開にはならなそうだ。


「行きますよ、行きますって。ただこっちだって俺の好きな子を手配してくれなかったから、萎えたんスよ」

「それはすまないねぇ。ただ、新たに指定された冒険者の子はすぐに手に入れる手段はあるのでご心配なく」

「そッスか。まっ、期待しないで待っておくッス」


 ある女を連れてこいと言ったが失敗したらしいので、その代わりとして新たな女を俺のおもちゃとして連れてこいと命令しておいた。

 女遊びができるのが、この異世界に召喚された最大のメリットだ。

 だが、最近、口うるさくなってきている気がする。


「……そもそも最初から奴隷ならともかく、奴隷じゃないものを奴隷堕ちにするのは大変な――」

「あー、はいはい。今回だけ、今回だけッスよね」

「…………」


 こうしてフラスコ王子がやってきたのは、俺が他の奴等の忠告を聞かなくなってきたからだろう。


 ダンジョンで新しいスキルを覚え、そこらの冒険者なんて相手にならないぐらいの強さを手に入れたという自負がある。


 この世界に召喚されて右往左往していた時は従っていたが、それなりの力と最低限の知識は手に入れた。

 こっちがいつまでも下手に出ると思ったら大間違いだ。


「というか、ダンジョンに行けって五月蠅いッスけど、いくつもの顔を持っているあんたの方が適任じゃないんッスか?」

「……勇者じゃないと魔王は倒せないんだよ」

「ふーん。どうッスかね」


 ピリピリと、フラスコ王子から威圧感みたいな何かを感じる。

 戦いの経験を経て、誰が強いか、弱いかぐらいは第六感で分かるようになった。

 少なくとも今の自分よりはもしかして――。


「……そろそろ潮時か」

「? 何か言ったッスか?」

「いいや、何でもないよ。……そうだ。最上級のミードを用意したので是非飲んでくれ給えよ」

「……ああ」


 フラスコ王子が視界から消えると、俺はドカッと音を立てて椅子に座る。


「――フン」


 もっと力をつけてやれば、誰も自分に逆らえなくなる。

 魔王を打倒できるのが勇者だけならば、俺に下手なことはできない。

 もっと俺が強くなれば、臍を曲げないようにご機嫌を伺うしかなくなるのだ。

 その為にも、もっとダンジョンへ探索に出かけなければならない。


「かっ、ゲホッ!!」


 ミードを嚥下したが、喉が焼けたかと思った。

 ちょびちょび飲むと、甘ったるくあまり好みじゃない味だと思ったが、飲んでいく内にどんどん美味しく感じるようになった。


「――美味しい」


 それに、気分が昂って来た。

 フラスコ王子に話しかけられたせいで萎えていた自分の気持ちが、ムクムクと膨れ上がってきた。

 俺は親子に今の感情全てをぶつけて発散した。



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