第8話 金髪碧眼幼女が馬乗りしてくる


「パパ、起きて、起きて。朝だよ」


 暗闇の中で幼女の声が響く。


 夢か。

 夢にしては、あまり完成度が高くない。

 起こしてくれるなら、おっとり系お姉さんキャラの方がいい。

 もっと俺の好みに寄せた夢を見させてくれ。

 なんで夢って、現実みたいに微妙に上手くいかないリアルさがあるんだろう。


「起きないと、乱暴しちゃうよ」


 この台詞も年齢が近い声だったら興奮するんだろうけど、年端もいかない子どもだと全然興奮しない。


 俺はもう寝たいんだ。

 傷だらけなんだ。

 借金残っているのに無職になって死にかけて、異世界に来てドラゴンと戦って――あれ? どこまでが夢だ?

 全部が全部夢のような現実感のなさで――


「ドォ――ンッ!!」


 米10キロを勢いよくお腹に乗せられたかのような衝撃によって、完全に目が覚めた。


「おぼぉッ!!」


 俺の腹に幼女が馬乗りになっていた。

 顔が整っている金髪碧眼三つ編み幼女は、悪戯が成功したように笑っている。


「こ、殺す気かっ!!」

「やっと起きた! パパ。顔洗って――ってその顔じゃ顔洗えないか……。とにかくすぐに一階に降りてきてね。遅いとママ怒っちゃうよ」


 意識が段々と回復する。

 ここはどこだ?


 木材の建物で、城の建物に比べると随分貧相だった。

 壁が凹んでいる箇所もあって、窓ガラスも傷がいっぱいついている。


「いや、何の話? 俺はパパじゃ――」

「パパ、ママを怒らせたら怖いんだからね。それじゃあ、また後でね」

「ちょっと待って! 説明して! 置いていかないでぇ!! 俺を一人にしないでぇ!!」


 追い縋るが、幼女は俺を置いて外へと飛び出して行った。


 何一つ分からないまま、放置されてしまった。

 キョロキョロ周りを見渡しながら、寝ていたベッドから出ると、全身に包帯が巻かれていることが分かった。

 手足や腹、それに、


「顔まで包帯巻いてないか?」


 近くに手洗い場があり、鏡もあったので覗き込むと顔が包帯でグルグル巻きにされていた。


「ミイラ男みたいになってる……」


 顔どころか頭まで巻かれていて、髪が見えない。

 辛うじて眼鼻口には巻かれていないけど、いくらなんでも巻き過ぎじゃないのか。

 ハロウィンのコスプレみたいになっているんだけど。


 それだけ重症だったのだろう。

 でも、今はほとんど痛みがない。

 少しばかり肩や膝に違和感があるぐらいだ。

 四肢は軽く動かせる。


 どうやら手当てをしてくれた人がいたようだ。


 病院とかだったら手当てしてくれる人がいてもおかしくはないけど、医療器具みたいなものがどこにも見当たらない。

 そもそも魔法がある異世界なので、病院みたいなものもないのかな?


 ここがどこだろうと、金って必要だよな?

 治療費を払わないといけないが、何か金になるものはあったはずだ。

 死にそうになりながら手に掴んだドロップアイテムが、あの、巨大なドラゴンを、レベル50の敵を倒した証が――


「な、ない……」


 泣きそうになりながら、ポケットを全部裏返しにしたがどこにもない。

 もしや落とした?

 それとも、俺を助けてくれた人が駄賃として盗んだ――というか、正当な対価として受け取った?


 起きる前の記憶を手繰り寄せるが、何も思い出せない。

 ドラゴンを倒した後、ワームホームみたいなのに吸い込まれてから後の記憶がゴッソリとない。

 どこに行ったんだ?


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


【固有スキル】経営圏(レベル10)・アイテムボックス(レベル25)

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「ぅわ! ビックリした!!」


 予告もなく、ピコン、と固有スキルだけをピックアップした画面が虚空に出現した。

 なにこれ、と触ってみると、


「あ、あった……」


 アイテムボックスに触れると、


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


【アイテムボックス(レベル25)】(24/25)


 →赤い逆鱗×1

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 と表示されたので、赤い逆鱗×1をタップしてみると、新しい画面が出てくる。

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 アイテムボックスから『赤い逆鱗×1』を取り出しますか?


 →はい

  いいえ


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 と、出て来たので、逡巡の内『はい』を押すと、光と共に『赤い逆鱗』が目の前に出て来た。


「おぉー!!」


 どんな仕組みかは知らないけど、科学の常識を超えた力だ。

 ファンタジーな魔法要素で、まさに異世界って感じがする。


 これって、元に戻せるのかなと思案していたら、


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


【赤い逆鱗×1】を【アイテムボックス】に戻しますか?


 →はい

  いいえ

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 と、ポーンと間延びしているが大きな音を伴って出て来た。

 またビックリした。


「音でっかいんだけど。これ音量変えられないのかな?」


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


▷ ―――――――――――――――――――――――――〇――――――――――

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「うわっ!!」


 また新しい画面が出て来た。

 恐る恐る『〇』を左右に動かすと、動かす度に、ポーン、ポーンと鳴り続けるし、左の先端に持っていくと、そのポーン音が一切しなくなった。


「もしかして、これって、画面が出てくる時の音量変えてくれる? ゲームのSEの音量を変えられる設定画面みたいだな……」


 痒い所に手が届く仕様になっているけど、どういう仕組みだ?

 そもそも、俺の考えに反応してこの画面出てきてない?


 だけど、ダンジョンで一杯画面を出した時も一瞬思ったけど、邪魔だな、この画面の多さは。

 ――と思っていたら、画面の端に『×』が出来たので押してみると、画面が消えていく。

 俺がドラゴンと対峙して死にそうだった時に、新しいスキルとジョブに目覚めた。

 俺の心に反応して、システムが変化する仕様なのか?

 もしかして、これって、俺が考えた一番便利なシステムにできちゃう?


「UI便利過ぎるだろ。この辺カスタマイズしまくって、俺好みにできるってことか……」


 ドロップアイテムも無意識的にか、システム的にかは知らないが、いつの間にやら【アイテムボックス】の項目に入っていた。

 気になったのは、一体いくつまで入るのかだ。


 赤い逆鱗の後ろに『×1』と入っていた。

 同じ名称のアイテムならば、いくつでも入るのか。

 それとも容量が決まっていて、同じアイテムで小さいものであっても、100個なんて途方もない数はアイテムボックスに収用できないのか。


 色々と試したいことが沢山ある。

 ダンジョンじゃ、生き死にを懸けた戦いがあってできなかった。

 またモンスターと対峙することがあるかも知れない。

 今の内に確認できることは確認した方がいい。


「椅子って収納できないのかな?」


 近くあった椅子に向かって、『アイテムボックス』に念じてみる。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


【木製の椅子】


【これは、他人の所有物なので収納できません】

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 と出てきたので、無理っぽい。

 どれだけアイテムボックスに収納できるのかのテストをしたかったのだが、検証はお字受けのようだ。


「……外、出てみるか」


 さっきの金髪碧眼の幼女が、一階でママが待っていると言っていた。

 その人が俺を助けてくれた人かも知れない。

 その人ならこの画面のシステムや、この異世界の情勢など様々な情報を持っているかもしれない。

 それに、助けてくれたお礼も言いたい。


 俺はふー、と大きく呼吸をした後、一階に降りる為に扉を開ける。

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