第45話 主従関係の一部始終
馬車が停止するのを待たずに、フリーダは飛び降りる。
「ちょっと行ってくるヨ!!」
「あっ、ちょ、ちょっと!!」
手を伸ばすが届かなかった。
手枷はあるが、あんなの姉に助けを求めればすぐに解いてもらえるだろう。
そのまま逃走してしまう気なんてなさそうな奴だと思うけど、一人にするのはまずい。
「サキモリさんは追いかけてください」
「ベネディクトさん達はどうするんですか?」
「私達はあの家の周りを取り囲みます。彼女が逃げないように」
俺以外にも職員さんが十人以上はいる。
この人数だったら、仮に彼女が逃げ出したとも追い詰めることは簡単そうだ。
「分かりました!」
俺も馬車から飛び降りると、小屋に目線をやる。
扉が開きっぱなしで誰もいない。
横にある建物の前にフリーダはいた。
中腰の姿勢のまま固まっている。
ボロいドアには隙間が僅かに入っていて、ドアノブを回さずとも家の中を覗けるようだ。
その隙間から中の様子を伺っているように見えるが、そのまま入ろうとしていない。
「…………?」
俺は不審に思いながらもフリーダの隣に行くと、家の中を見る。
そこには一糸纏わぬ姿をした男女がいた。
「あっ、あっ、いやっ、ああっ!!」
「嫌? 何を言ってるんだ。お前のここはそうは言ってないぞ?」
「や、止めてください……。私はこんなことしたくないんです……」
「ハハハハ!! そう言いながら、自分で動いてるだろうが!!」
血の気が引いて凍り付くようだった。
耳を塞ぎたいし、目を逸らしたいが身体が言う事を聞かない。
きっと、フリーダもそうなのだろう。
さっきから自分の見ているものが信じられないように身動ぎもしない。
涙を流している女性は、フリーダが言っていた姉だろう。
同じ形の獣の耳に首輪がついている。
そんな彼女は物理的には何の支配も受けていないように見える。逃げようと思えば逃げられるはずだった。
だけど、獣のように襲いかかる巨漢から逃げる素振りはなかった。
むしろ、自分から腰を近づけているように見える。
「ちがっ、あっ、きもちっ、あっ、あっ。これ、はあ!! それのせいで……」
「そうか、なら、止めるか……」
「えっ、ちょ、待っ……」
「どうした? 嫌なんじゃないのか?」
「――そ、そうです!!」
第三者から見れば、フリーダの姉は口だけの抵抗をしているようにしか思えなかった。
オドとかいう男は透明な瓶を手に取る。
その瓶には毒が入っているような色をしている液体が入っていた。
オドは躊躇なく瓶をひっくり返す。
「ほら、見ろ。水で洗っていない熟成されたものだぞ。これに美味しくなる魔法の水をかけたらどうなるかな……」
「あ、ああああああ」
姉の口の端から涎が出る。
左手を股の間に挟み込み、右手は震えながら伸ばすのを我慢しているように見える。
どうやら相当美味しく感じる液体のようで、ゴクリと喉を鳴らす。
もしかしてあれが、ヘブンアッパーとかいうクスリなのだろうか。
だとしたら、あれだけ正気を失わせるものがこうして出回っているのは本当に危険なことだ。
この家を見ても、そんなに二人にお金があるとは思えない。
フリーダは盗みを働くぐらいだ。
そんな家庭にいる人間が手に入れることができるってことは、かなりヘブンアッパーは浸透しているんじゃないだろうか。
「ほら、欲しかったらどうするか分かっているだろ?」
「…………オド様、く、下さい」
「それだけじゃ足りないな。妹の為に嫌々やっているって態度だ。本当は誰の為だ? この前教えてやっただろ? 言い方を」
「そ、そんな……」
グッと、姉は苦しそうに顔を歪めるが、内から湧き上がる欲求に耐え切れないのか声を張り上げる。
「フリーダなんてどうでもいいです。あんな妹がいるせいで、私は貧しい生活をしています。オド様だけが私の理解者です。どうかこの卑しい獣人奴隷にお恵みを下さい」
「ハハハハハッ!! いいだろう。ほら、存分に舐めろ」
許しを得た姉は這いながらも男の身体に擦り寄る。
タップリと垂らされた液体を舐め尽くす。
姉が大きく開けた口に、オドは時折物を突っ込む。
「うっ、ぐっ、あっ!!」
「どうだ。妹を裏切った気分は?」
「あっ、いいっ、気持ちいいですっ!!」
「まあ、妹なんてどうでもいいか、こうなったら……」
姉はもうフリーダのことなんて考えていない。
ただ一心不乱にヘブンアッパーを摂取することしか考えていない。
あの様子だと一度や二度の行為じゃない。
きっと、何度もやられたんだ。
徐々に自尊心を奪うようなやり方をして、それに姉は屈してしまったんだ。
ヘブンアッパーはきっと、一度口にしたらもう自力じゃ元に戻れない。
だから、もう横で泣かないで欲しい。
「大丈夫だ。きっと何か……洗脳されているだけだ……」
俺はフリーダの両目に手をやって、ドアから離れさせる。
もっと早くにそうすればよかったのに、俺は動けなかった。
フリーダよりも大人なのに、何もできなくて歯痒い。
「うっ、ううう……」
指を引き剥がそうとしたが、力なく腕がだらんと脱力する。
そして、そのまま泣き崩れた。
腕に縋りながら泣き続けている間も、家からは物音がずっと続いている。
その音を聴きながらも、フリーダはポンポン、と俺の手を叩いた。
どうやら覚悟は決まったようだ。
「……ありがとう。でも、大丈夫……」
俺が手を離すと、フリーダは重い腰を上げる。
「これは、私の問題ダ。だから、私が立ち向かわないと……」
扉を壊す勢いで開けると、
「姉さんから離れろ!! 豚がっ!!」
気合いを入れて叫んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます