第44話 それぞれの正論

 襲撃犯達や回復薬の運搬作業は一通り終わったが、何の問題もなく終わって良かった。

 入城した時は息を潜めて心臓がバクバクしていたが、荷台の中を隈なく検めることがなかったのでホッとした。


 襲撃犯を憲兵へ引き渡す時に色々と手続きはあったのだが、ベネディクトさんが全部やってくれた。そのお陰で俺はかなり楽をしてもらった。

 道中は馬車に乗っていただけだった。

 俺よりも襲撃の跡片付けをしていた職員達の方がよっぽど大変だったろうな。


「すいません。少ないですが、こちらをどうぞ」

「はい? 何ですか、これ?」


 ベネディクト製薬の職員さんが馬車を動かしてくれている中、ベネディクトさんに紙袋を手渡された。

 中身を見るとそこには金貨や銀貨が入っていた。


「え? 何ですか? これ?」

「撃退した襲撃犯を引き渡したら、彼らに懸賞金が貰えたんです。撃退したのはあなたなのでこれを」

「で、でも、もう依頼金は貰いましたし、そのお金で被害の補填をした方がいいんじゃないんですか?」

「要らないなら私にクレ」

「……お前のせいで薬品の瓶が割れて使い物にならなくなたんだぞ、太々しいな、お前は……」


 フリーダが縛られていながらも普通に割り込んできた。

 どういう神経しているんだ。


「いいから受け取って下さい。あなたのような人がお金がなくて冒険者を辞めるなんてなったら、私達の損失です。受け取れるものは受け取って下さい」

「……はい、ありがとうございます」


 そうだな。

 今後どうなるか分からない俺がお金が無くて困ることはない。

 貰えるものは貰っておくか。


 それにしても賞金がかけられるぐらいの悪者だったのか、あいつらは。

 それと、悪党を退治して憲兵に突き出すことを続けていれば、それなりの金稼ぎになるのか。


 街中だと憲兵が歩いている様子はなかったし、治安がいいとは思えなかった。

 普通にみんなゴミをポイ捨てていて汚いし、武器も平然と持ち歩いていて路地裏には柄の悪い連中がたくさんいた。

 憲兵があまり機能していないから、治安維持の為の依頼を冒険者とかにもしているんだろうな。


「というか、あいつらは仲間――じゃないっぽいよな? 何か雰囲気違ったしさ」

「あいつらは昨日今日の関係ダヨ。だから、アイツラに余罪がないかどうかとか、拠点がどこかなんて私は知らないヨ」


 フリーダ以外はみんな同じような格好していた強盗団って感じがしたけど、フリーダだけ格好が違っていた。

 それに他の強盗団は固まって動いていたけど、フリーダは離れた場所にいた。

 それから、他の人達は人間だったのに、フリーダだけ人狼族だった。

 明らかに急造パーティってところだったけど、やっぱりそうだったのか。


「そういう余罪とかは憲兵の人達が調査するから興味ないけどさ、なんであいつらと手を組んだんだ?」

「お金が欲しかったから……」

「お金?」

「そうダヨ!! 私達獣人奴隷はお金がないと自由の身になれないンダ!! だから、すぐにお金を稼がないといけなかったんダ!! その為にはあそこの工場の薬を奪って売り払うのが一番だってアイツラに言われて……」

「それで協力して襲ったってことか」


 コクン、とフリーダは頷く。

 首輪をしているから頷きづらそうだった。

 獣人の奴隷はその証としてずっと鉄の首輪をしていないといけないらしいけど、大変なんてものじゃないだろうな。


「獣人奴隷が奴隷じゃなくなったとしても、差別はされるでしょうね」

「だとしても!! 私は姉を救いたかった!! あの男から!!」

「ある男?」

「オドっていう金にがめつい最低の男ダヨ……。私達を買ったあいつに私達姉妹は酷い目に合わされたんダ!!」


 ベネディクトさんがフリーダに聴こえないように耳元で囁く。


「獣人奴隷は殺しても罪には問われないですからね。今まで悲惨な目に合わされたんじゃないでしょうか」

「そうですか……」


 フリーダは家族で奴隷のようだ。

 かなり絶望的な話だ。

 人身売買や奴隷などといった言葉とは無縁の生活をしていた俺には、かける言葉が見つからなかった。


「お金を稼ぐなら私はまだ自由に外を歩けるけど、足の悪い姉はずっと憎きアイツの傍にいなければならない。だから私がお金を稼いで、姉をアイツから解き放ってあげたいんだヨ……。両親は勇者に殺されて、もう、家族は一人しかいないんダ……」

「勇者って?」

「先代勇者のことダヨ。獣人を自由にするとか言って一か所に集めてだまし討ちをした卑怯な奴だ。出来ることなら、私がヤツを殺したかった……」


 一瞬、逢坂のことが頭に過ったが、先代勇者か。


 ミサさんからも聴いたけど、そんなに大勢の獣人を殺したのか。

 しかもフリーダは両親を殺されたのか。

 両親が死んでからずっと姉妹で助け合って生きてきたんだな。

 想像するだけで壮絶な人生の歩み方だ。


「お前ら人間は最悪ダ。獣人の方が生まれつき身体能力は高いから、怖いんダロ!! 卑怯な手段を使うことでしか私達には勝てない!! だから私達を奴隷として縛っているんダ!!」

「……そんなことを言い出したら、先に手を出したのは獣人なんですよ?」


 ベネディクトさんは予想以上に冷たい返事をした。


「生まれつき狂暴な気性を持つことが多い獣人は昔から人間を殺していた。だから奴隷にしたんです。人間を奴隷として扱う獣人だっていた。魔族と手を組んで魔王の配下に加わる者だっていた。だからこそ勇者が獣人の大量虐殺をやったことを褒める人だってたくさんいますよ。よく恨みを晴らしてくれたって……」

「ふざけるな!! そ、それは人間が悪いからダッ!!」

「……どっちが正しいかなんて答え何て出ないですよ。不幸であることに酔っている内は何も考えなくていいから楽ですね」

「な、何も考えてないのは人間達の方ダ!! 私達はいつも苦労している!! その苦労を知っているのなら、人間達は私達を奴隷として扱わないはず!! だからお前達が悪いんダ!!」

「他人に自分の命運を預けていたら、不当な扱いをされて当然ですよ。みんな自分の身が一番可愛いんですから。だから民草には不平等な法を作り、王族や貴族だって甘い汁を啜っているんです。あなた達獣人から見たら私達一般市民は光り輝いて見えるでしょうけどね……私達だって、貴族達に比べたら奴隷みたいなものですよ。彼らは会議中寝ているだけでも月に数千万ギルド貰えているんですから」


 ぜ、全然話についていけない。

 この世界のことはよく知らないけど、ファンタジーの異世界なのに随分と生々しい裏事情があるもんだ。

 こういう所は前の世界と変わらないかも知れない。


 人間は自分にとって都合のいいように物事を解釈して、いつだって悲劇の主人公を演じるものだ。

 人それぞれ生まれ育った環境が違えば、価値観や物の見方は違う。

 月に百万円貰っても満足できない人間だっているし、生きているだけで幸せな人間だっているだろう。

 生まれつき目が見えない人、五体満足じゃない人、紛争地帯に生まれた人だっている。


 フリーダのさっきの言葉を借りるなら、私は戦争で脚を失った。だから、お前も今すぐ脚を斬れと他人から言われるようなもの。

 それをすぐさま実行できる人間なんていないだろう。


 まあ、俺はこの異世界に召喚された時、いきなり見知らぬ人に斬られたんだけど。


「主語のデカい主張を言う奴は、自分の現状に満足できていないだけです。あなただってまともな生活を送ることができれば、どちらが正しいかなんて高尚な台詞は言わなくなりますよ。誰だって僅かな幸福感だけで生きていけるんですから」


 ベネディクトさんは何かを思い出すように、視線を外す。


「世界平和や奴隷解放なんて大仰な台詞を素面で吐いていいのは、勇者だけです」


 ベネディクトさんは喋り過ぎて疲れたように頭に手をやると、


「……これからはまともなお金の稼ぎ方をした方がいい。盗みなんてしたせいで、あなたのお姉さんだって悲しむんじゃないんですか?」


 フリーダは辛そうに下唇を噛む。


「奴隷が自分を買うには莫大なお金がかかる。普通の稼ぎ方をやっても数十年はかかる。獣人奴隷の中には自分の身体を売ったり、闘技場で見世物になったりして命を落とすものだって多いんダ。だからすぐにでも稼げるやり方で稼ぎたかったんダヨ」


 すると、フリーダは指を出す。


「あ、あそこダヨ、私の家!! 馬車を止まって」


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