第52話 監視者(ベネディクト視点)

 荷台に積んでいた爆弾で馬車を爆破させてから、瞬時に予定の場所に移動した。

 暗い場所に急に移動して来たので、誰も自分のことに気が付いていないようだった。


「……ただいま戻りました」


 そう呟くと、うわっ、と兵達が口々に驚く。

 数は二十人ほどだろうか。

 第三王子の親衛隊が揃っている。


 みんな、林の陰に隠れながら爆発の一部始終を見ていたのだろう。

 背後に注意を払っていなかった。

 だが、たった一人だけ第三王子のフラスコ様だけは、私が急にでてきても驚かなかった。


「よくやった。これで不穏分子は潰せたな」

「ありがとうございます。ですが、私が報告していた通り、まだ消すほどの脅威じゃないと思いましたが」


 テンシュ・サキモリ。

 彼のことを見張るようにフラスコ様から命じられて、不自然にならない程度に彼に近づいた。

 彼がもしもフラスコ様の脅威となるような存在であれば、すぐに報告するようにと厳命されていた。

 だが、そのような報告は一度もしなかった。


 彼はあまりにも弱かったし、情に流されるような人間だ。

 いくらでも崩しようがあるので、彼を殺す価値はないとずっと言っていた。


 だが、フラスコ様はそれに同意しなかった。

 だから冒険者ギルドに圧力をかけて、嘘の情報を流した。

 今日Eランク昇格試験があるというのは真っ赤な大嘘だ。

 全ては彼を呼び出す為の餌だ。


 彼が内向的で他の冒険者に情報の確認を取るような人間ではないと判断し、計画を練った。

 商売人として客にその話をしないように、日程を翌日とした。

 何か訊くとしても、この世界で一番交流があって近くにいた相手は私だった。

 だから、いくらでも嘘を信じ込ませることはできた。


「何かあってからじゃ遅いのだよ。君が彼を処分した時だって全てが手遅れになってからだったからじゃないか」

「そうでしたね……」


 確かに今はまだ弱くとも、力をつける可能性は十分にある。

 本来ならばドラゴンによって一飲みにされる予定だったのだのだから。


「此度の召喚のイレギュラーは取り除けた。不安要素はもうない。これで心置きなく魔王を殺せる」

「ですが、彼は? 増長していると聴きましたが」

「キチンと首輪をつけておいた。まだ調教は終えていないが、この私に逆らうことの恐怖は植え付けることに成功している」


 前回の失敗を教訓にして、今回召喚された勇者には首輪をつけることは随分前から決まっていたことだった。

 制御できるような性格だったならばその首輪をつけることは遅らせるつもりだったが、今回召喚された異世界の人間はあまりにも傲慢だった。

 我慢できずにフラスコ様が首輪をつけたと聴いている。


「魔王を倒した後はどうなさるつもりで?」

「さあてね。私は関与しないさ。ただ身体がボロボロになっているだろうから、王にはなれないだろうがね」

「王、ですか……」


 勇者は世界の脅威である魔王を倒した後、王に推薦されることが多い。

 圧政を敷いたとしても人気者である勇者が王ならば、民は文句を言いづらい。

 勇者を傀儡とし、裏で国を動かすことを画策する王もかつてはいたらしい。


 だが、フラスコ王子はそれを許しはしない。

 血統主義だからではなく、ただ自分よりも上の人間がいることが我慢ならない性分なのだろう。


「……まったく頭の悪い民衆には困ったものだよ。次代の王を人気投票で決めようとするとは。力あるものが王にならねば、愚民を導く支配者にはなれないだろうに」

「勇者は力があると思いますが」


 勇者の強さを素直に表現すると、物凄い形相で白衣を掴まれる。


「腕力が強い者が強者ではない。『強かさ』を持つ者が強者なのだよ。刹那的に生きる馬鹿とは違うんだよ、私は」


 パッと手を離す。

 言ったことで満足したようだ。


「だからこそあの異世界人は早々に処分すべきだったのだよ。奴のように中途半端に頭が回る奴はいずれ我々の障がいになり得るのは明白だ。事実として、奴はメキメキと頭角を現し、冒険者としての階段を上がり始めたではないか」


 サキモリの噂は拡散し始めている。

 それは、冒険者としての結果が出始めたからだろう。

 いずれ俗世に疎い王の耳にも入るだろう。

 そうなれば、フラスコ王子のやった異世界人の排斥が表に出ることになる。

 それを避けたい想いもあるのだろう。


「私はいずれ力をつける難敵を見逃しておくほど愚か者ではない。奴があのダンジョンから生き残ったという話を聴いた時は正直肝が冷えたものだ」


 必ず死ぬとは私も思っていた。

 だが、彼が何らかのスキルで生き残ったのは事実だ。

 逃げ出したのではなく、倒したのだろう。


 彼の傍に居てその手の内を読むことはできなかったが、異世界人は大体特異な固有スキルを開花させることが多い。

 死の淵に立たされたことによって、覚醒させてしまったのだろう。


「だがこれで確実に奴は死んだ。特別なスキルを持つ勇者も我々の操り人形と化した。最早我々に敵はいない。魔王を倒した勇者を派遣した私はその功績を認められ、今度こそ次の王となるのだよ」


 私は周りを見渡した。

 隠れる場所は多いが、恐らくもう兵はいないだろうが確認を取る。


「兵はこれだけですか?」

「ああ。この私が大っぴらに隊を動かせば王に勘付かれるからな」

「そうですか」


 フラスコ王子は頭が良く慎重な男だ。

 だからこそ足が着くようなことは極力避けると思っていた。

 自分護衛の為に連れてくる兵は親衛隊だけだと確信していた。


「なぜそんなことを?」

「いいえ、ただ――」


 白衣に隠していた刀の柄に手を触れる。


「あなたを殺すのに好都合だと思ったからです」


 フラスコ王子と、そして親衛隊に向けて回避不能の高速斬撃を放つ。


「『葬送転移』」


 大きな瞳が開くように楕円型の空間の歪が生まれる。

 そこに全員が引き込まれるようにして、闇の中心へと誘われる。

 行き先は勿論、地獄往きだ。


「き、貴様アアアアアアアアアアアアアアアアアアっ!!」


 この時をずっと待っていた。

 城の人間に干渉されない遠い場所に、少ない護衛の人数でフラスコ王子は外出するタイミング。

 そして大きな仕事を終えて油断しきっているこの瞬間。

 この時しか、常に警戒を怠らないフラスコ王子の寝首を掻くことはできなかった。


 部下として忠実に命令をこなし、近くにおいてもらうために信頼を勝ち取った。

 本当は憎むべき敵であるにも関わらず、汚れ仕事も買って出た。

 全ては、この一撃を当てる為。


「この私を裏切るとは血迷ったかああああ!! カッコウ・ベネディクト!!」


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