第53話 獣人奴隷解放宣言(カッコウ視点)
勇者はぐらりと身体を傾ける。
私は咄嗟に横に倒れそうだった勇者を抱きかかえた。
「……うっ」
「ちょっと、大丈夫?」
「ああ、問題ないよ」
口ではそういうが、最近本当に体調が悪い。
魔王を倒して城に戻ってからというもの、ずっと気分が悪そうにしている。
第三王子からスキル封じの枷の開発のために血を抜かれていると聴くが、そのせいじゃないだろうか。
「それに、今日は大切な日なんだ。僕がいないと始まらないだろ?」
「そうかも知れないけど……」
今日は獣人奴隷解放宣言の日だ。
数多くの反対を押し切る為に、貴族や王族には金を渡したり、脅迫したりと色々な裏工作をしてようやく実現した。
ただ奴隷制度を廃したところで、現状の根本的な解決にはならない。
人の意識の中には必ず奴隷意識は残る。
それに、我々の見えない所で奴隷を使役する者も現れるだろう。
それだけ日常生活に獣人奴隷は溶け込んでいるし、彼らがいるからこそ生活が成り立っている家庭があるのも事実だ。
だが、少しずつそれを改善していくために勇者は骨を折ることを覚悟している。
裏で奴隷の売買をしないように、見回りをする憲兵の数を増やし、質も変えるためにマニュアルを作り、それを徹底させる。
そして、学校の教科書や新聞などを使って国民の意識を変えていくつもりのようだ。
今すぐにみんなの考えがコロリと変わる訳ではないし、私達が生きている間は国民の意識は変わらないかも知れない。
ただ次の世代にはもっと獣人の扱いが良くなるように仕組みづくりを徹底していくつもりだった。
「演説は私がするから、最後の言葉の締めだけでいいんじゃないの?」
「いいや、最初から最後まで自分の言葉で伝えたいんだ。ようやく僕の夢の一つが叶う日だから」
二人で言い争っていると、護衛の一人の懐から何か物が落ちる。
写真だ。
三人の写真が写っている。
勇者が拾ってみせると、
「あ、ありがとうございます!!」
体格のいい男が大きな声で返事をする。
その一言だけで勇者は踵を返そうとするが、
「あの勇者様!!」
「ん? どうしたの?」
「あの、私、感動しています!! 家族共々ずっと勇者様のファンでした!! そんな尊敬できる勇者様の護衛を任せていただきありがとうございます!!」
「……ファンになってもらうほど大したことはしてないと思うけど……。でも、ありがとうね」
護衛が勇者に話しかけるなと言いたかったが、随分と嬉しそうにしているので注意し損ねた。
勇者も嬉しいようで柔和な笑みを浮かべている。
「もしかして、さっきの写真奥さんと娘さん?」
「はいっ!! 今日は家に帰ったら妻と娘とお祝いの酒を飲むつもりです!! 普段はお酒を飲めないので、楽しみです!!」
「お酒普段は飲めないの?」
「はっ!! 健康の為には飲むなと妻に言われています!!」
「そっか。今日ぐらいは奥さんも許してくれるかもね。君がお酒飲めるんだったら、僕も頑張った甲斐があるよ」
冗談めかしてお酒が飲めないと言えるほど仲のいい夫婦のようだ。
そういう相手もいないので羨ましい限りだ。
「あの、差し出がましいことですが……実は妻と一緒に城からはかなり離れた所に『ホーム』という名の宿屋を経営しています。もしよろしければ勇者様来てくれないでしょうか!!」
「……申し訳ないけど勇者は忙し――」
私が断ろうとするが、勇者が無言のまま手で制してくる。
「お酒の一杯でも奢ってくれたら行こうかな」
「勿論です!! 勇者様だったら宿泊費も全て無料で提供いたします!!」
社交辞令というのをいい意味で鵜呑みにしないのが勇者だからな。
ただでさえ忙しくてスケジュール管理が難しいのに、本当にこの人の宿屋に泊まると聴かないだろう。
握手とかサインとか、手を振るとか、そういう一人一人にファンサービスをしていたら時間がいくらあっても足りないと言うのに、そういうのは無視しない。
それが勇者のいい所でもあり駄目な所でもある。
そんな所があるから私も放ってはおけないのだろう。
「邪魔だよ。どいてくれ給え」
「す、すいません!!」
割り込んできたのは、フラスコ王子だった。
護衛の方が興奮して道を塞いでいたとはいえ、視線があまりにも厳しい。
「フン、ゴミが……」
「――フラスコ王子」
窘めるように言ったが、フラスコ王子はまるで自分が悪いと思っていない。
「ああ、分かっているさ。それよりも、君の為に持ってきた疲労回復薬がある。それを飲んだらどうかね?」
「そう、ですね……。ありがとうございます。飲ませていただきます」
フラスコ王子と勇者は二人して何処かへ行った。
しばらくすると、勇者だけが帰って来た。
後ろを見るとフラスコ王子はいない。
人前に出るのがあまり好きじゃないので、また研究室にでも戻ったのだろうか。
「早かったね、大丈夫だった?」
「ああ……」
こちらを一瞥もせずに壇上へと向かっていく。
緊張しているのだろうか。
マイクを手に取ると、集まって来た獣人達を無言で見渡す。
恐らくこの国だけじゃない、他の国の獣人もこの宣言を聴くためだけに集まってきてくれたはずだ。
大勢の人の前で話すのが慣れている勇者であっても、圧倒されているのかも知れない。
「集まって下さってありがとうございます」
そう喋るだけで獣人達の歓声が聞こえてくる。
大した人気だ。
この宣言をするまでも、旅の中で獣人にしてきたことをみんな知っているのだ。
勇者がどれだけ獣人達を救ってきたのか、私も傍で見て来た。
「今回集まってきてくれた皆さんにお伝えしたいことがあります」
落ち着いた声色に誰もが耳を傾ける。
獣人奴隷達の解放の為に尽力してきた勇者は、笑顔で宣言をした。
「――皆さん、今ここで全員死んでください」
静寂が周りを支配する。
耳鳴りがずっとして、周りの音が聴こえなくなっていた。
心臓がドクンドクンと強く脈打つのを感じる。
集まっていた獣人達も一拍置いて、勇者の暴言が頭に入ったのかざわつき出す。
顔を見合わせながら困惑の色を見せる。
「……今、何て?」
「冗談、だよな……?」
呟きは強くなっていきざわめきに変わっていく様子を睥睨していた勇者は、手を振りかぶりながら拡声器を使って指示を出し始める。
「兵のみなさーん。ゴミのお掃除お願いしまーす」
その合図だけで銃を持った兵達が何の躊躇いもなく動き出す。
その統率された動きだけで、ぶっつけ本番で勇者が茶番を始めた訳じゃないことが察することができた。
これは計画的に行われた犯行声明だ。
「きゃあああああああああっ!!」
銃声が鳴り響く。
兵達が無抵抗の獣人達を銃殺していく。
ここに集まってきている獣人達は老若男女問わず、勇者の意見に感銘を受けた連中だ。中には獣人出ない者もいるし、護衛として配置されていた人間すらも発砲されている。
ここまで集めるのには苦心した。
誰もが最初は奴隷解放なんて信じられないものなど突っ撥ねていた。
だけど職務や世界平和のために駆けずり回っていた勇者が、自分の足で街に向かったのだ。
丁寧に一人一人頭を下げながら、今回の集会に集まって欲しいと懇願したのだ。
理解なき人間に石を投げられたり、冷たい言葉をかけられたりしながらも手を出さなかった。
世界を救ったプライドだってあったろうに、本心を見せずにずっと頭を下げていた。
だからこそ、こうやって人々は集まってくれたのだ。
なのに、その気持ちを全て裏切るような行為に、悪い夢でも見せられているようだった。
「皆さんは奴隷の分際で自由になろうとした愚か者です。いいですか、あなた方に人権なんてないんです。自由になろうとしただけでそれは罪なんです。あなた達は人間じゃないんですよー」
いつものような明るい声色で残酷に宣言していく勇者が銃を取り出す。
愛用の剣ではなく銃を使うことに違和感を覚えながらも、勇者自身が民衆を殺すことだけは止めなくてはと足を踏み出す。
「やめろ!!」
「――お前は邪魔なんだよ」
脇腹に大きな丸い鏡が突き刺さる。
「これ――は――!?」
このスキルは勇者のスキルじゃない。
勇者パーティの一人である固有スキルだ。
何もない所から特殊な鏡を生み出すことができるスキルであり、光を集中させたり、屈折させたりすることができる。
今、太陽が燦々と輝いている。
大きな鏡が高速で回りながら上空に躍り出ると、強烈な太陽光が光線のようになって襲いかかって来る。
「ああああああああああああああ!!」
燃え上がる中、意識が遠のく。
勇者だけじゃない。
勇者のパーティが結託して獣人奴隷達を抹殺しようとしている。
それが信じられないまま裏切られた私は倒れ伏した。
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