第55話 勇者を殺した英雄(カッコウ視点)

 銃声の音で目が覚める。

 燃え上がった身体は鎮火しているが、周りは燃えている。


「どうなって……」


 足に何かあったと思ったら死体が転がっていた。

 写真が懐から覗かせている。

 さっきまで話していた男が無残にも死んでいた。


「た、たすけ――ギィア!!」


 背後から忍び寄ってきた女が銃によって穴だらけになる。

 男だろうが女だろうが、老人子どもだろうが容赦なく殺していた。


 私は炎で燃えていたから死体と間違われていて生き残ったらしい。

 兵隊の血走った眼と視線が交錯したので、すぐに『葬送転移』によって離脱する。

 興奮状態になっていて、眼に着いた奴は射殺する勢いだった。

 叩けば負けることはないだろうが、後々問題に発展するかもしれない。


 上空に転移して下を確認するが、軍服を着込んでいる奴以外は全員死んでいるようだった。

 一体、どれぐらい気絶していたんだ。

 まだ戦闘が続いているということは数十分か、数時間程度か?

 半日は経っていないはず。


 戦火は会場の外まで拡散している。

 会場の外にも、この解放宣言で集まって来たたくさんの獣人達がいた。

 だが、死体の山が詰み上がっていた。

 被害者は数万人以上に広がるっているだろう。


 だが、これで終わりじゃない。

 勇者という広告塔がこれだけの犠牲を出したのだ。

 他の一般人だって煽動されて獣人奴隷を殺す二次被害が増加するはずだ。

 それに、余計に差別は多くなるだろう。


 この手際や準備、裏工作、明らかに組織ぐるみの犯行だ。

 誰を信用していいのか分からない。

 とにかく元凶である勇者を問いただすしかない。

 停戦命令を出させる為だったら、殺すしか収まりがつかないかもしれない。


「くそっ――」


 上空から周囲を旋回しながら探し回ること数十分。

 勇者が見つからない。


 勇者は恐らく指示を出しているのだから、戦力が集中している場所かと思ったがいない。

 他の者が指示を出している。

 細かい指示は他の者に任せ、大まかな指示は拠点を作ってそこで出しているのか?

 だとしたら、屋外ではなく室内で指示を出している可能性が高い。


「まさ――か――」


 城の中に一部の人間しか知らない隠し部屋がある。

 そこならば、ちょっとやそっとのことじゃ見つからないだろう。

 罠かも知れないが、会場から余り離れず、敵から見つかりにくい場所と言えばそこしか思い当たらない。

 覚悟を決めて乗り込んだ。

 どれだけ敵が居ようとも、私のスキルがあれば物の数ではない。


「――――いた」


 勇者は仰向けに倒れていた。

 ベッドとかではなく、その辺の地べたに倒れているということは、他の人間の反撃にあったのか?

 いい気味だが、他に部下がいないのは予想外だった。

 首謀者なのだからもっと大勢の人間に勇者は守られていると思っていた。


「どういうつもりなんだ。どうしてみんなを……」

「早く……止めて、くれ……」


 言葉が通じていないように嚙み合わない。

 それに、さっきとは違って衰弱しきっている。

 外傷はないように見えるが、どこかおかしい。


「? お前が全部命令したことじゃないのか」

「違う。アレは僕じゃ――グッ!!」


 大量の血を吐き出したので、胸倉をつかんでいた手を思わず放す。

 この短時間で一体何があった。


「誰かに攻撃されたのか? いや、それとも……」

「疲労回復薬を飲んでから……意識が……」

「毒、か……」


 フラスコ王子は黒い噂が色々と付き纏っている。

 証拠はないが、薬を使った実験を非人道な行いに使っていると言われている。


 今回の獣人奴隷解放宣言に一番反対していたのは、他ならぬフラスコ王子だ。

 その理由は実験に獣人奴隷が使えないという噂が立った。

 死んでも誰も探さない実験サンプルが居なくなると本人が困るからとか言われていたが、まさか真実だったのか?


「フラスコ王子には……他人に変化するスキルがある。きっと、それで……僕に化けたんだ」

「変身……能力!?」


 殲滅を命じた勇者の見た目はそのものだったが、普段の彼とは明らかに言動が違っていた。

 体調不良を理由に勇者が引っ込んだタイミングがあったが、その時勇者とフラスコ王子入れ替わっていたのか?

 だが、その証拠はない。

 ずっと傍に居続けた仲間だからこそ、私は今、信じかけている。

 だが、他の人達はどうだ?

 勇者のことなど知らない人間ばかりだ。

 この話をしたところで、誰も信じてくれないだろう。

 勇者の名誉回復はもう不可能だ。


 統率された兵がいたが、あれを指示したのはフラスコ王子だろう。

 勇者の姿をして命令を出したかも知れないし、そうじゃなかったとしても下手な証拠など残さない。

 もしもフラスコ王子がそのままの姿で事前に兵士と打ち合わせをしていたのなら、今頃兵士達の口封じのために殺していてもおかしくない。


「とにかく回復呪文が使える者の所に!!」

「無駄だよ。もう、長くない……」

「あっ――」


 起き上がらせようとしたが、もう力何て残っていない。

 血溜まりに足を滑らせると、勇者を滑って床に落としてしまった。

 だらん、と腕が落ちる。

 もう、腕に力を込めるのもしんどいのだ。


 その姿を見て悟ってしまった。

 勇者の言葉に偽りはなく、もう死んでしまうのだと。


「良かった」

「何が!?」

「――最期に会いたい人に会えたから」

「何が、何が、良かった……なんだ……」

 

 自分の死期を悟っているというのに、自分なんかよりもよっぽど落ち着いていた。

 大量虐殺の汚名を被ったまま死のうとしているのに、どうしてそこまで平静を保っていらられるんだ。


「お願いがある。僕の首を斬ってくれ」

「なんで……」

「フラスコ王子のことだ。もう僕が助からない……ように……画策しているはず。だったら……僕の首を有効活用して……くれ……。……君も消されてしまう……」

「最期の最期まで、ふざけるなっ!! なんで、私の心配なんかっ……!!」


 涙で視界がぐちゃぐちゃになる。

 顔を手で覆って両膝をついてしまう。


 もう何も考えたくない。

 最期の最期まで他人を救う事を考えて、自分の身を削っていたのに。

 それなのに勇者は復讐の対象になるだろう。

 獣人奴隷だけじゃなく、大勢の人間の蔑まれながら歴史と人の記憶にその存在を刻まれることになる。


 私は勇者を信じることができなかった。

 ここに来て話を聞くまでは殺してやろうとさえ思った。

 それなのに勇者は私のことまで考えている。

 なんで、私は何もできなかったんだ。

 こうなる前にもっと何かできたはずなのに、何もできなかった。


「これを持っていてくれる?」


 手に持ったのは勇者の刀剣だった。

 勇者にしか扱えない武器であり、私じゃ扱えない。


「使えなくても……いい。装備できなくても……いいから、持っていて……欲しい。世界を救った剣……だけど、もうこれは……僕には必要ないから」


 勇者は今まで一番力強く言葉を放つ。


「世界平和の夢、君に託すよ」


 ずっと世界を平和をするために尽力して来た。

 だけど、今回の一件で獣人達と人間達の溝は更に深くなるだろう。

 勇者のスキルによって弱体化した魔王と不可侵条約を結ぶという目論見も、きっとご破算だ。

 それが分かっているから、勇者は自分の夢を一番信頼できる相手に託そうとしている。


「僕のせいで……獣人を救えなかった……。それだけが心残りだ……。だから……」


 私は剣を受け取って、手を取る。

 私にはもう選択肢なんてなかった。


「必ずこの世界を変えてみせるよ」


 異世界召喚されただけのただの部外者なのに、この世界の行く末を誰よりも憂いていた。

 それなのに、この仕打ちはない。

 なんでこんなところで死ななきゃいけなかったんだ。


「ああ、お願いだから世界を救って君も幸せに――」


 目を瞑った勇者はもう二度とその眼を開けることはなかった。

 私が幸せになる事を願ったけど、それを叶えることはできない。

 ただこの世界を変えることだけは約束できる。

 復讐のためだけにこの命を燃やそう。


 人の心なんて捨てる。

 今から私が忠誠を誓うのは人間なんかじゃない。

 ただの人外だ。

 懐に飛び込むためならば、どんな汚い事だってやってみせる。

 勇者を殺した奴を殺す。

 それがせめてもの手向けだ。


 復讐の第一歩の為に、私は最愛の人の首を手土産にするために斬った。


 そして私は英雄となった。


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