第96話 漁港へ

 ニグ婆は今日もカンバの天日干し作業をしていた。


 黄色い野菜が網に並べられ、萎れてしわくちゃになっている。


「こんにちはー」


 カトラさんが声をかけると、僕たちに気付き作業を止めてこちらに見た。


「あら、今行きますからね。ちょっとだけ待ってくださいな」


 区切りの良いところまで作業を進めたいようだ。


 ニグ婆は手際よく十個以上の網を上下反転させていく。


 それから周囲にいる他のお婆さんたちに挨拶をし、こっちに向かってくる。


 そういえば……今日はダンドの姿が見えないな。


 辺りを見渡してから、やって来たニグ婆に僕とリリーも挨拶をする。 


「こんにちは」


「……こんにちは」


 あれ、今……。


 僕とリリーに合わせて、道中で肩に乗せることにしたレイも心のなしか頭を下げたような。


 もしかして、お辞儀の意味を理解してやったのかな。


 レイのことだからあり得るかも知れない。


 ニグ婆は挨拶を返してくれながら、足を止めることなく僕たちの前を通過した。


 これから行く方向を示すように数歩進み、振り返る。


「ダンドの馬鹿は奥で作業させてますんで、見つかる前に早いとこ出発しましょうか」


 なっ、なるほど。


 ダンドの姿が見えなかったのは、そういうことだったらしい。


 僕たちが絡まれないように、ニグ婆が奥で作業するよう手回ししてくれていたみたいだ。


 不憫な感じだが、まあ実際に見つかったときのことを想像したら強く否定もできない。


「あ、あはは……」


 なので僕は苦笑いで誤魔化すことにする。


 カトラさんとリリーに到っては、真っ直ぐと感謝の表情を浮かべてるけど。


 とっ、とにかくだ。


 ニグ婆を先頭に、僕たちは海沿いの道を奥の方へと進んでいくことにする。


 漁港へは十数分で着くそうだ。


 途中、カトラさんが昨日頂いたカンバのオイル漬けの感想を伝えると、ニグ婆は嬉しそうに微笑んでくれた。


「お口に合ったようで良かったです。全て手作業で作っているので数に限りはあるんですが、気に入って頂けたのならまた手に取ってみてくださいな。この時期はまだ、街の商会に卸してある在庫もあるはずですので」


「はい。街を出る際にはぜひ追加で、今度はしっかり買わせていただきますね」


 次は客として、ちゃんとお金を払って。


 目尻を下げながらわざとらしく自分たちの商品を売り込むニグ婆に、カトラさんもわざとらしく強調して答えている。


 ニグ婆も、笑ったら最初に見た時の印象とは随分違って柔らかい雰囲気だ。


 楽しそうに会話する二人の後ろをついていっていると、隣にいるリリーがぽつりと呟いた。


「カンバの瓶詰め、うちの商会にあるはず」


 前にいるカトラさんたちには聞こえないくらいの声量だ。


 僕に向かって言ったらしい。


 歩きながら僕がリリーを見ると、肩の上にいるレイも同じように顔を向ける。


「商会って、この街にあるっていう?」


「うん。クーシーズ商会」


 このネメシリアの街にあるジャックさんたち傘下の商会だ。


 名前までは聞いていなかったけど、クーシーズ商会って言うのか。


 あんなにやり手のジャックさんたちが関わっているんだから、多分しっかり数を確保してるんだろうなぁ。


 こんなに美味しいカンバのオイル漬けだったら、絶対に売り上げ好調なはずだし。


 易々見逃したりしないだろう。


「じゃあ、そこで買わせてもらったらいいかもね」


 リリーもいることだし、割引してくれたりないかな。


 我ながら情けないが、そんなちょっとケチなことを考えていると、リリーがこくりと頷く。


 ふと、再びカトラさんたちの会話に意識が行くと、ニグ婆の言葉が聞こえてきた。


「一番お世話になっているのはクーシーズ商会という場所ですから。そこにお行きになられると間違いなく買えるはずです」


 …………。


 僕がバッとリリーに視線を向け直すと、こちらを見た彼女はすんとした表情のまま顔の横で親指を立てていた。


 アンバランスな格好だが、無言でイェイって言ってる感じだ。


 大手取引先として数を確保してるとは思っていたけど、まさか一番の卸先だったなんて。


 まあ、うん。


 そういえばこれがフィンダー商会クオリティなんだった。


 いやぁ、久しぶりにジャックさんたちの大物っぷりを感じた気がするなぁ……。


 リリーがクーシーズ商会の関係者だとニグ婆に知られても良いのかわからなかったので、今はとりえずこれ以上話を広げない方が良いだろう。


 自分の頬がヒクつくのを感じながら、僕はリリーを見るだけに収めることにした。




 道の突き当たりまで行くと、簡易的な門があった。


「さあさあ、こちらです。今頃はもううちの息子たちも陸に戻ってると思いますが……」


 ニグ婆の案内で、そこから中に入って漁港の中へと進んでいく。


 大きな建物の角に出ると、ぱあっと視界が開けた。


 長く伸びた桟橋に寄せられた大小様々な船。

 波打つ海。


 一方で今横を通ってきた建物は、海側には壁がなく屋根だけの作業場のような場所になっていた。


「ああ、いましたいました。アルヴァンや!」


 そこにいる複数人の中にニグ婆が呼びかける。


 すると、その中から一人の男性がこっちに小走りでやってきた。


「おお。今日はなんだ、お袋」


 筋骨隆々で背の高い男性だ。


 グランさんなんかと同じ感じだけど、その浅黒い肌がさらに日焼けしているので受ける印象はまた違う。


 次いで僕たちを見た男性を見て、一目で似てるなと思った。


 この人がニグ婆の息子さん、ダンドのお父さんか。



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本日、ついに書籍が発売となりました!

(色々重なってしまってスランプ気味だったのですが、発売日になんとか更新ができて良かった……)


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数に限りがあるのでお早めにどうぞ。


それでは再び更新も頑張っていきますので、応援のほど何卒よろしくお願いいたします!

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