第2話 祠
ふぅ……。
なんとか大木のもとに辿り着いた。
歩幅が小さいし、動きが不自然で大変だ。
けれど。
近くで見てもやっぱり祠は小さかった。
10歳児の身体になった今、なんとか僕1人がすっぽりと入れるくらいの大きさだ。
この中に生活できる環境が?
じんわりと掻いた汗に、爽やかな風が気持ちいい。
レンティア様が言ってたのって本当にここだよな?
念のために……。
大木の周りをぐるりと回って確認する。
……他には何も見当たらなかった。
じゃあ間違いないのか。
魔法がある世界だと言ってたし、もしかすると。
祠にある両開きの小さな扉。
それを開け、腰をかがめて中を覗いてみる。
すると。
「うおっ」
中には豪邸のような景色が広がっていた。
海外のウッド調の家みたいだ。
広いリビングルーム、大きなソファー、奥には2階に続く階段……。
凄い。
常識を打ち破る光景に興奮する。
空間が拡張されている?
走り回れるくらいの広さがある。
癖で靴を脱いで、中へ入る。
過ごしやすい室温に埃もなく清潔な室内。
こんな別荘を持っていたら最高だっただろうな。
ただのサラリーマンには絶対に手が届かなかったと思うけど。
今の体にピッタリの高さのアイランドキッチンもあった。
その隣にある扉の先は
扉を開けてみると僕が住んでいた家全体よりも広い一室に、空間が歪んだような透明な膜に覆われた食材がずらりと木棚に並べられていた。
これを全部好きに使っていいのか……?
ぜ、贅沢すぎる。
次に浴室。
のびのびと入れるサイズの浴槽に、いかにも高価そうなシャンプーやリンスなどが置かれていた。
鏡には黒髪の少年が映っている。
目鼻立ちが整った少年だ。
これが……僕か。
改めて変な感じがするな。
2階には寝室など、いちいち豪華な造りの部屋があった。
試しに巨大なベッドに飛び込んでみる。
最高の寝心地だ。
ふかふかなのに程よい反発がある。
肉体が変わったこともあり身体的な疲労はない。
しかし精神はそのままなので、残業終わりの気怠さは健在。
…………。
そうか。
もう仕事にも行かなくていいんだな。
やっぱり現実味がない。
異世界で新たな体を手に入れて、新たな人生を送る……か。
ぼうっと天井を見る。
一応使命としてはこの世界を旅することになったけど、無理に焦る必要もないらしいしなあ。
うーん。
この快適な家で、しばらくはのんびり過ごさせてもらおう。
レンティア様の言葉通り、この世界のことや体に慣れるまでの期間として。
仕事からも解放されたんだし、このくらいはいいですよね? レンティア様。
心の中で言葉にしてみる。
けれど返事はない。
必要があれば語りかけると仰っていたし、問題はないのだろう。たぶん。
……よし。
勢いをつけてベッドから起き上がる。
このまま寝転がっていたら眠ってしまいそうだ。
これで一通り家の中を回り終わったはず。
「あれ?」
リビングに戻ると、ソファーの前に置かれた低めの机に革張りの大きな本が2冊置かれていた。
さっきまでなかったはずなのに……。
手に取って表紙を見る。
ふむ。
まったく見たことがない言語で書かれている。
だけど問題なく読めるぞ。
これもレンティア様のサポートなのだろうか。
2つの本のうち、片方はこの世界――アワロッドの常識や誰でも知っているような歴史について。
レンティア様がわざわざ僕のために作ってくれた物らしい。
サバサバした感じだったけど、ここまでしてくれるなんて優しいお方だな。
パラパラパラ……。
本に目を通してみる。
基本的には僕が趣味で楽しんでいた作品群と似た『テンプレ』な世界だとか。
必要なのは細かいすり合わせくらいだろう。
そして、もう1つの本。
……これはっ。
生活で使える簡単な魔法について!
体が子どもに戻ったからなのか、それとも単に自分にも童心が残っていたからなのか。
すでにここまで空間を拡張しているような光景を見てきたとはいえ、やはり自分が魔法を使えるとなるとより一層ワクワクしてくる。
確か食料庫にクッキーがあったはず。
もちろん紅茶セット一式の存在も確認済みだ。
素早く準備を整え、僕は広々としたソファーに座り早速本を開いた。
さて、なになに。
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