第8話 出会い

 ふぅ。


 治ったか。


「ウゥ……あ、あれ? 傷がっ!?」


 玉のような汗を浮かべていた男性が、目を丸くして自分の肩を触っている。


 年齢は前世の僕と同じくらい。


 40手前といったところだろう。


 さらりとした金髪に整った顔。


 身長は高く、海外のイケメンって感じだ。


 なのに僕には流暢な日本語を話しているように聞こえるので、違和感がすごい。


 隣で馬が鼻を鳴らして立ち上がった。


「君は一体……いや」


 僕を見て呆然としていた男性は、すぐに頭を下げた。


「ありがとう。君は私の命の恩人だ。まずは何よりも初めに、この感謝を伝えさせてくれ」


「い、いえ。ちょうど通りかかっただけなので。それよりもお体の方は大丈夫ですか?」


「通りかかった……? こんな場所を? ああいやっ、体については問題ないと思うよ。ほら、この通り! 少しずつ痛みも引いてきたからね」


 男性が肩を回してみせる。


「それは良かったです」


 魔法書の説明によると、回復魔法とは違い傷を治す生活魔法では表面上の治癒しかできないと書いてあったからな。


 失われた体力などは戻らないって。


 迅速な対応が功を奏したみたいだ。


「いくつか気になることがあるのだけど、まずは自己紹介を。私はジャックだ。助けてくれたこと、改めて感謝するよ」


 手を差し出されたので握手に応える。


「マ……トウヤです」


 癖で名字を名乗りそうになった。


 たしか今いる国では貴族や大商人などの良家しか姓は持っていないらしい。


 ここは下の名前だけにしておこう。


「トウヤ君か。この辺りにいたってことは、君もフストへ?」


「はい。ちょうど向かっているところでした」


 フスト。

 手紙にあった街の名だ。


「そうか……じゃあ私の馬車に乗っていくかい? この程度で恩返しになるとは思わないが、この近辺は危険だからね。まあ、君ほどの魔法使いであれば問題はないだろうが」


「……ん、魔法使い?」


「あれ、違ったかい? 凄まじい治癒力の回復魔法だったからそう思ったんだけど――あっ、無理に話さなくても構わないからね」


 そう言うと、ジャックさんは手を振った。


 生活魔法が使えるくらいで凄い魔法使いみたいな扱いをされたので、ついつい聞き返してしまった。


 だけどそうだよな。


 こんな場所に10歳の子供が1人でいるだけで色々と勘ぐってしまうだろう。


 その上レンティア様に貰った【魔法の才能】があるから、魔力も多くそこそこ魔法のセンスも良いときた。


 ジャックさんは僕に他人に言いたくないような過去があると思ってるのかな?


 うん、きっとそうだ。


 自分が女神様の使徒だとも言えないし。


 まあ言ったところで、「そういう年頃か」と思われるだけかもしれないけど。


 ここはあまり詮索されないように話を合わせておくか。


「ありがとうございます。初めて人に魔法使いと言われたので……」


「そ、そうか。申し訳ないね、嫌なことを思い出させてしまったのなら。それで、どうするかい。君も馬車に乗っていくかい?」


 嘘は言っていない。


 だけど騙した気になってしまう。


 申し訳ないな。


「ああ……では、お言葉に甘えて」


 街まではあと少し。


 急いでいるわけでもない。


 ここは出会いを大切にしよう。


「じゃあ行こうか。実は少し急いでいたんだが……っと、ユードリッドも助けてくれた君のことを気に入ったみたいだ」


「え? ……わっ」


 静かにしていた馬が近づいてきたと思うと、頭を擦りつけてきた。


 それから僕の顔を見てブルッと唸る。


 自分の身長が小さいので黒く引き締まった体が余計に大きく見える。


 恐る恐る撫でてみると、ユードリッドと呼ばれた馬は気持ちよさそうに目を細めた。


 ……なんだ、かわいいヤツめ。


 僕はジャックさんが座った御者台の後ろ、幌がかけられてある荷台に乗り込み、フストの街まで連れて行ってもらうことにした。

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