第7話 魔物
魔物。
神域を出てから動物の気配が増えた気はしていたが、もしかするとあれらも魔物だったのかもしれない。
地球にいた頃は見たことがない生物を見て、異世界を感じる。
まあ一見、ただの大きな鳥だけど。
不思議と恐怖心はなかった。
そもそも日本では、人が動物に襲われているところを見たことすらないのに。
なのになんで怖がらない?
それは多分、自分が女神様の使徒だから。
今の僕は体が強いみたいだし、あの魔物も感覚的には危険だと思わない。
とはいえ警戒を怠ってはダメだ。
ドラゴン風の魔物を鑑定……はできないか。
距離が遠すぎる。
足早に街道に向かいながら考える。
このままあの馬車を無視して街を目指してもいい。
むしろ安全のことを考えるならそれが正解だ。
自分から首を突っ込むのは得策じゃない。
だけどなあ……。
うーん。
さて、どうしたものか。
日本生まれ日本育ちの僕が、初戦であんなのに挑むなんて馬鹿げている。
それにいくら怖くないと言っても戦闘技術はないし、尻込みもする。
しかし、この世界で初めて見た人を見殺しにするのも……。
街道近くの木に隠れて様子を見てみると、馬は倒れ、剣を持った男性が魔物を牽制していた。
男性も怪我を負っている。
すでにフラフラの状態だ。
「……よし、ここからなら」
とりあえず今は、自分ができる限りのことをやってみよう。
あの人を助けられれば御の字だ。
「『氷よ』」
木に隠れたまま生活魔法で野球ボール大の氷を作る。
念のため足下に10個。
顔だけを覗かせ、魔物に察知されないように息を殺してタイミングを窺う。
魔物が空に上がったので、僕は氷ボールを握った。
冷たいが少しの辛抱だ。
そして一直線に魔物を狙って全力投球。
以前までだったらボールは届かなかっただろう。
だが、現在の肩の強さなら届く。
ビュンッと音がして、綺麗に飛んでいった。
けれど肩が強くてもコントロールが上達しているわけではないので、氷ボールは魔物に掠りもせず横を通り過ぎていく。
……ダメか。次だ。
すぐに木の後ろに隠れ、次のボールを手に取る。
ちらりと見ると、怪我を負った男性はどこからボールが飛んできたのか戸惑って周囲を見回していた。
目視しづらい速さだもんな。
きっと、何かが飛んでいった位にしか見えていないだろう。
魔物も同じような感じだったはず。
僕の位置を特定される前に打てる手は全て――
「あ」
バッチリ目が合ってしまった。
2球目を投げようとしたら、魔物がこちらを見ていた。
……。
なんで。
嘘だろ。
あの一瞬で、バレた?
その事実に背筋が凍る。
遠くからでもわかるビー玉のような黒い目。
恐怖を感じていなかったはずなのに、次第に恐ろしくなってくる。
動けずにいると魔物は一度こっちに来ようとしたが、すぐに気を変えたのか旋回し、空に消えていった。
どっと汗が出る。
危機を脱したと気付いたのは、それからだった。
肩で息をしながら心に決める。
この世界で生きていく上で、魔物との戦いに巻き込まれることもあるかもしれない。
だけどポテンシャルで勝っていたとしても、強そうな魔物に手を出すのはなるべく避けよう。
まずは弱いのからだ。
少しずつ慣れてから。
本当は平穏に世界を回れるのが1番だけど。
初戦の相手選びに失敗したことを反省していると、馬車の方からバタリという音が聞こえてきた。
さっきまで立っていた男性が倒れている。
近くに寄ってみると、男性は肩に、馬車を引いていた馬は腹部に深い傷を負っていた。
「さ、先ほどのは君が……?」
「喋らないで。とにかく、『治癒よ』」
僕が使えるのは生活魔法だけ。
本格的な回復魔法の知識はない。
だからレンティア様が与えてくださった魔法書に書いてあった治癒の生活魔法を使用した。
どこまで効果があるのかは不明だ。
だが願うように右手を男性に、左手を馬に向けて魔法を発動。
傷口に光の粒子が集まっていく。
そして――。
それらが消えると、傷は綺麗さっぱり、跡形もなく完全に治っていた。
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