第9話 道中
荷台にはいくつか積み荷があった。
木箱が並べられている。
話を聞くと、ジャックさんは商人らしい。
「どうしても外せない仕事で街を離れていたんだけど、人との約束があって大急ぎでフストに戻っていたんだ。この箱は、そのついででね」
馬車がゆっくりと動き出す。
「だけど途中で、道の先に盗賊がいるって他の商人から耳にして。急いでいたから迂回路のここを通ろうと思ったんだけど……」
「それでここに」
「うん。私もそれなりに腕には自信があるんだ。だから1人でも強行突破できると思ったが、まさかワイバーンが出るなんてね。この時期に目撃情報はなかったから驚いたよ。本当、死を覚悟した」
あの魔物、ワイバーンだったのか……。
手綱を握るジャックさんの手が震えている。
冷静そうに見えたけど、心の内はそうではなかったらしい。
ユードリッドが少し速度を上げる。
馬車は一定のリズムで揺れながら進んだ。
空は青く澄み渡り、心地よい気温。
爽やかな風が吹き抜ける。
森の匂いがした。
鼻をくすぐる土の香り、草の香り。
こうして馬車に揺られていると、この辺りが危険というのが嘘みたいだな。
のんびりした道に思えてくる。
しかし時折、木に何らかの爪痕のようなものがあった。
熊だろうか?
いや、それにしては大きい。
やっぱり魔物?
僕まで震えそうになる。
日本って平和だったんだな……。
もう、このことはあまり深く考えないでおこう。
遠くの空に浮かぶ大きな雲を見つめながら、僕はそう決意した。
しばらくすると森を抜けた。
どうやらジャックさんと出会ったのは、迂回路というあの街道の端の方だったらしい。
一面には美しい草原が広がっている。
神域の周りに深い森があって、草原、街といった具合なんだろう。
なだらかな丘の先に、市壁に囲まれた街が小さく見えた。
距離はまだかなりある。
ここから見てあのサイズなら、フストは結構大きな街なのか。
「トウヤ君はどうしてフストに?」
やはりずっと気になっていたのか、これまで自分のことを話していたジャックさんは、そこで興味津々に街を眺める僕にそれとなく探りを入れてきた。
なんて答えよう。
悩む。
「えーと、今までいた場所を出ることになったので……他の街に行こうと思ったんです。家族もいないですし、いろんな所を見て回りたくて」
「……そうか、なるほどね」
ジャックさんは振り向くと、優しい微笑みを向けてくれた。
「その年でそれだけ魔法が使えるなら何とかなるだろうけど、1人では不安もあるだろう?」
「はい……正直」
「フストにいる間だけでも、何でも私に頼ってくれていいからね」
「え、でも」
「大丈夫さ。わからないこともあるだろうし、なにしろ君は私の恩人だ。それに、街に入るための身分証を持っているかい?」
「身分証っ? ああいえ、持ってません。お金は持っているんですが……」
「うん、お金があるなら問題はないよ。いくつか手続きをすれば街に入れるだろう。冒険者なんかになれば身分証代わりの物も発行できるしね」
良かった。
そっか、城壁があるくらいだもんな。
街に入るためにも検問があるか。
「これでも私は1人の子の親なんだよ? トウヤ君は何歳かい」
「10歳です」
ただしこの世界では、と注釈がつくが。
「おお! それじゃあうちの娘と同い年だ。10歳が1人で……まあほら、だからぜひ頼ってくれよ」
10歳の娘さんがいるのか。
立派だな、ジャックさんは。
同世代である前世の僕は独身だったし、今はその人に優しくしてもらってるというのに。
「ほ、本当にいいんですか?」
「ああ。これでも街では結構顔が利くしね」
「じゃあ……申し訳ありませんが、よろしくお願いします」
異世界での最初の街だ。
頼れる知り合いがいれば助かることもたくさんあるだろう。
街が近づくと、門番の人にジャックさんが僕の事情を説明してくれ、手続きを行うことになった。
さて。
いよいよ到着だ。
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