第35話 自覚
「この本は『魔法のススメ』と言ってね、全ての冒険者ギルドに配布されてる物なのよ。珍しい魔法なんかは掲載されていないんだけど、かなりたくさんの種類の魔法が載ってる信頼できる本だわ」
カトラさんがページを捲っていく。
その手はすぐに止まり、僕の方に本をスライドさせてきた。
「ここね、生活魔法については」
見開き全体をざっと見る。
左のページには生活魔法の概要が、右のページには生活魔法の一覧があるみたいだ。
「えーっと、ほら。『生活魔法は通常、ヒューマンの爪ほどの大きさの現象を生む。1日に何度も使うには効率が悪く、多くの場合は平均5回/日と言われている』って書いてあるでしょう?」
「ほ、本当ですね」
「これで君がスライムを、それも73匹も凍らせたことがいかに異常かって分かってくれたかしら」
たしかにカトラさんが指でなぞった箇所にはそう書いてある。
生活魔法の規模って本来こうだったんだ。
レンティア様が用意してくれていた魔法書には、平均とか書かれてなかったから知らなかったな……。
「はい……。僕がちょっと勘違いしてた……ん?」
ちらりと目に入った右の一覧表。
そこに各種の習得時間があった。
「どうかした?」
「ああっ、いえ。な、なんでもないです」
「そう。じゃあ次は魔力についての項目を見ていこうかしら。えー魔力のページは……」
カトラさんは目次を確認している。
……。
あー、うん。
これはさすがに、だな。
習得時間はほとんど全ての種類が最低1ヶ月はかかると書いてあった。
祠で最初、僕が炎の生活魔法を使ったときは数十分でできたのに……。
与えていただいた【魔法の才能】が、まさかここまでだったなんて。
自分のことながらちょっと引いてしまう。
驚きに閉口していると、カトラさんは続けて世間一般の魔力量について教えてくれた。
人によっては生活魔法すら自由に使うことができない人もいるそうだ。
たしかに、僕はステータス上は魔力が5000あると表記されていた。
全体的に見るとかなり多い方なのかもしれない。
「君の魔法の素質は見逃せないわね。おそらく数万人に1人のレベルなんじゃないかしら」
「そ、そこまでですか? 自分ではよく分かりませんが……」
「でも、もしそうだったら嬉しい話じゃない。ずば抜けた魔法の才能はどこに行っても有難られるわよ?」
「うーん……それもそうですね。将来への不安を抱えなくて済みますし」
「ふふっ、トウヤ君は変わってるわね。まあとにかく、スライムが大量にいたわけじゃなくて良かったわ。魔法は少々って聞いていたから、普通に倒したと思って。そうするとあの数の魔石を回収したってことは、元の量はもしかして? って勘違いしちゃったわ」
「ほんと、申し訳ありませんでした。ご心配をおかけして……」
棚に本を戻すカトラさんに頭を下げる。
ここまで親身になってくれて、いくら感謝してもしきれないな。
「いいのよ。担当しているギルド職員として、実際に生活魔法を使ってるところを見ておきたいけど……これ以上受付から離れてたらさすがに怒られそうね」
カトラさんは扉の方へと歩いて行く。
僕も後に続くと、彼女は腰に手を当てて振り返った。
「そうだわ! 他にも知識が抜けてそうで心配だから、これから時間があるときはこうして勉強しましょ。冒険者としてやっていくなら、しっかりと知っておいてほしいことがあるから」
勉強かあ。
……そうだな。
旅をしながら冒険者として稼いでいくなら、今のうちに学んでおきたいことはたくさんある。
魔物や薬草の知識。
それらを頭に入れておいた方が、効率よく稼ぐこともできるだろう。
じゃあ……。
「ぜひ、よろしくお願いします!」
こうして新たに、カトラさんとの勉強が1日のスケジュールに組み込まれることになった。
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