第78話 条件
「その条件とやら、詳しく聞かせてもらえるかしら?」
腰を浮かせ、浅く座り直したカトラさんがジャックさんに切り込む。
「まずはこの本……」
ジャックさんは机に置いた、分厚い本の上に手を乗せた。
「『合わせ鏡のマジックブック』を持っていくことだね」
「『合わせ鏡のマジックブック』っ? ジャックさん、そんな珍しい物まで持ってたのね……」
「ははっ、一応趣味だからね。これがあれば私たちがいらぬ心配せずに済む。絶対の条件として、メアリが提示した物だ」
「な、なるほど。それで適宜、リリーちゃんが現状を報告するってことね」
納得だ、と頷くカトラさん。
だけど僕には、ジャックさんが持っている本が何なのかわからない。
すごい珍しい物であることは確かみたいだけど。
「あの……その本、どんな物なんですか?」
「おっと、そうだ。トウヤ君と、それとリリーも知らなかったね」
ジャックさんが説明してくれる。
「この本は2つで1セットの魔道具なんだ。対となるまったく同じ本があってね。もう1つは厳重に保管しているから、持ってき忘れてしまったんだが……。とにかく、この中のページに何か書き込んだ後に魔力を込めると、そのもう1つの本にも同じ内容が転写されるんだよ」
パラパラと捲ってくれたページは、全て真っ白だった。
「タイムラグとか、距離の制限はあるんですか?」
「いや、それがなくてね。凄いだろう? ただ私が持ってる魔道具の中でも特に高価な上、ページにも限りがある消耗品である点が厄介だがね」
「なるほど……」
高価で、消耗品であっても誰もが羨むほどの凄い魔道具だ。
戦争でも商売でも役に立ちすぎるくらいの。
一体、どれほどの値がするのか。
……うん、怖くて聞けないな。
僕たちがこの魔道具について理解したところで、カトラさんが再びジャックさんに問いを投げかける。
「でも、わざわざそんな物を使ってまで……リリーちゃんを送り出してあげるために、どうしてそこまでするのよ?」
「いやぁ。私としては、リリーが興味を持ったことはさせてやりたいんだ。君たちが巡る場所は王都を目指すよりもよっぽど安全だし、何しろカトラちゃんとトウヤ君がいるんだからね。不安がないと言えば嘘になるが、命の心配をしなくてもいいくらいには安心なのさ」
だけど、とジャックさんは続ける。
「メアリが何か良い提案がない限り、断固として反対すると言って口をきかなくなってしまってね。まあリリーはまだ10歳だから、彼女が言いたいこともよくわかる。だから納得してもらえるよう、マジックブックを使うことにしたんだ。大切にコレクトしていた魔道具だけど、思い切って使う機会もなかなかなかったからね」
メアリさん、今そんな状態だったんだ……。
リリーはメアリさんの名前が出てから、気まずそうに俯いている。
自分がしたいことに反対する親。
両者で深く話し合わなければ、決して解消しない類いの問題だからなぁ。
カトラさんは大人の表情で短く思慮したあとで、小さく頷いた。
「わかったわ。トウヤ君が反対でないのだから、私はリリーちゃんが来ることに関して何も言わない。でもリリーちゃん、出発までにちゃんとメアリさんと向き合うのよ?」
顔を上げ、リリーはカトラさんを見る。
そして視線を横にずらし、続けて僕のことも見た。
自分がやりたいように旅についてくると言うのなら、自分自身でなんとかしなければならない。
だから、その視線に答えるように僕は頷いた。
「……ママと、話す」
「うん。それが良いと思うよ」
リリーは心を決めたらしい。
ジャックさんがホッとしたように小さく息を吐き、嬉しそうに微笑んでいるのが目に入った。
「ではジャックさん、他の条件や約束も聞かせてもらえますか?」
「そうだね。じゃあ次は、ネメシリアでの話になるんだけど……」
ジャックさんがリリーが同行する上で守ってほしいと言っていた、いくつかの条件を提示してくる。
他にも、リリーが週に1回の頻度でマジックブックに近況報告を書くことなど、約束事も結ばれた。
全ての話が終わる頃には、外はとっくに暗くなっていた。
「今日はありがとうございました」
「ああ、またね」
馬車やユードリッドは、出発までジャックさんが管理してくれるとのこと。
これから出発日まで、馬車に荷物を積んだりと、もう何度かお邪魔することになりそうだ。
僕が門まで送ってくれたジャックさんと挨拶をしていると、隣でリリーと話しているカトラさんの声が聞こえた。
「今日中にメアリさんと話しなさい。絶対に逃げちゃダメよ?」
「……わかった」
リリーはカトラさんという昔から知っているお姉さんからの言葉を、素直に受け取っている。
家族ではないけれど、深く知っている信頼できる人。
そんな立場であるカトラさんからの言葉だからこそ、良かったのかな?
これで円満解決といってほしいところだ。
次にお邪魔するとき、メアリさんも納得してくれているようだったら改めて挨拶もしておきたいし。
待ち時間が長すぎて暇だったのか、庭師のおじさんに構ってもらっていたレイを抱え、僕たちは帰路につくことにした。
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