第12話 初日

 2人きりになると宿屋の主人が話しかけてきた。


「坊主、俺はグランだ。ジャックのやつは忙しいからな、勘弁してやってくれ」


「いえいえ。むしろジャックさんにはここまで色々としてもらって、僕の方が感謝しないといけないくらいですから。僕はトウヤです。グランさん、お世話になります」


「おう」


 食堂を抜け階段を上る。


 この人も接しやすい人だな。


 フランクで優しい。


 岩山のような強い存在感があるから、ふと気圧されそうになるけど、もう怖くは感じなかった。


「にしても坊主は文字も書けて、その年でワイバーンを追い払ってジャックを治癒したんだろ? 安心しろ。充分に1人でもやってけると思うぜ」


 グランさんは実質孤児状態の僕を心配してくれているみたいだ。


 俺たちもいることだしよ、と小さく続けた。


 連れられたのは一番奥の部屋だった。


 外出時には鍵をフロントで預けることや、夕食と朝食の時間帯、体を洗うときの井戸の使い方などを説明される。


 そうか。


 シャワーや浴槽はないのか……。


 文明の差だな。


 この世界での祠ライフの特異性を実感する。


 まあ、あそこは日本にいた頃よりも快適だったもんな。仕方ない。


 説明を終え、グランさんが部屋を出て行く。


 窓の外には裏庭が見えた。


 日当たりは良好。


 室内にはベッドと小さめの机と椅子、クローゼットなんかが置いてある。


 全ての調度品がかなり上質な物を揃えているように見えた。


 いずれはレンティア様に貰ったお金も底を尽きることだろう。


 それにしっかりと風呂関連の環境も整えたい。


 とにかく稼がないと。


 まったく、異世界に来てまで仕事かあ……。


 だけどこれからは自分で労働時間を決められるんだ。


 効率なんかも考えて、上手くやっていかないとな。


 ……ぐぅううううううううううう。


 …………。


 そういえば、まだ何も食べてなかった。


 昼食昼食っと。


 僕はベッドに腰掛けレンティア様に貰ったサンドイッチを食べてから、夕食までの時間で近隣を軽く見て回ることにした。


 さっそくグランさんに声をかけ、鍵を預ける。


 宿を出て住宅街を抜けた。


 店が並ぶエリアに来たので、ついでに武器屋に立ち寄って自分に合う物がないか物色してみる。


 凄いなあ。


 ファンタジー感満載の店だ。


 剣に斧、弓矢などなど。


 これを使ってみんなは魔物と戦うのか。


 しかしワイバーンによって魔物の怖さを十分に知った僕は、フストの城壁内で武器の扱いを練習するのが関の山だろう。


 それに身長が身長だし。


 長剣なんかは上手く使いこなせないと思う。


 だったら実用的で、武器を振ったりする楽しさも味わえるのは……短剣くらいかな。


 薬草採取にも使える。


 護身用としてもバッチリだ。


 鑑定、鑑定、鑑定。


 店頭にある短剣を全て手に取って、鑑定スキルで良さげな物を探す。


 おっ、これがいいかな。


 シンプルなデザインだが頑丈そうなやつがあった。


 値段も悪くない。


 と、言うことで購入した。


 初めてのマイ武器だ。


 ルンルン気分であと少し近場を巡ってみて、高空亭に戻る。


 そろそろ夕食の時間帯とのことだったので、先に井戸に行って水浴びをすることにした。


 部屋からは見えなかった裏庭の1つ奥まった所に、いくつか木の仕切りが置かれた場所があった。


 ここに入ったら人が来ても大丈夫なのか。


 井戸から水を汲み、服を脱ぐ。


 ざばぁー。


「うわっ」


 つ、冷たい!


 体のついでに服もゴシゴシ洗って、風の生活魔法で乾かした。


 震えながら食堂に向かう。


 この日の夜ご飯はパンとポトフのような料理、サラダと小鉢が1つだった。


 ジャックさんの情報通り、グランさんの料理はめちゃくちゃ美味しかった。


 ポトフのじゃがいもはホクホク。


 体も温まる。


 あとで宿泊期間を伸ばしたいと伝えておこう。

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