第13話 仕事

 朝。


 フストでの2日目。


 思いのほか疲れが溜まっていたのか、目が覚めたのはいつもより遅めだった。


 井戸の水で顔を洗う。


 全身じゃなければ、このくらいの冷たさが気持ちいいんだけどな。


 この街の気温的にも。


 高空亭の宿泊客は旅人や冒険者など、朝が早い人たちが多いらしい。


 食堂では眠そうな目のおじさんが1人、のんびりと食事しているだけだった。


「おはようございます、グランさん」


「おう、来たか坊主。朝メシはここから好きな物を取ってくれ。飲み物は水に牛乳、うちには珍しいコーヒーも商人から取り入れてるからあるぜ」


 挨拶をすると厨房から顔を出したグランさんが、並べられた皿を示して説明してくれる。


 ……にしても。


「こ、コーヒーがあるんですか!」


「おっ。なんだ知ってんのか? この辺りじゃまだ珍しいが、昔から俺が好きでな。ま、お前さんにはちと苦い――」


「貰いますね」


「本当か? これは大人の飲み物だぞ」


 窺うような目を向けられながら、僕はカップに湯気が立つコーヒーを注いだ。


 そしてスクランブルエッグや野菜スープを素通りして、紙に包まれたホットドッグを手に取る。


 席につき頬張ると、パキッとソーセージが割れた。


 ちょっと塩っぱいかな?


 パンも日本の物に比べると硬い。


 だけど、美味しい。


 それに……うん。


 ホットコーヒーは一緒だ。


 日本や祠で飲んでいた物と同じ。


 と言っても好きなだけで特別コーヒーに詳しい訳でも、微妙な味の差がわかるわけでもないんだけど。


 興味ありげに様子を見ていたグランさんに視線を送る。


「やるじゃねえか」


「は、はあ……」


 なぜか嬉しそうに感心されてしまった。


 昨日のうちに追加で10日分の宿泊代を払ったので、硬貨が入った袋は軽くなってきた。


 どのくらいフストの街に滞在するかは未定。


 しかしここで旅の支度を調えたいところだ。


 あと収入源の確保。


 冒険者としての生活に慣れていかないと。


 よし、じゃあ……。


 早速ギルドに行こう。


 レンティア様から呼びかけがあるまでは1日1日を楽しむつもりだ。


 フストからも貢物を送りたいけど、まだ方法を教わっていないし。



 今日も天気は晴れ。


 買ったばかりの短剣を腰に携える。


 日が照り影ができた道を行き、ギルドに到着したのは昨日と同じくらいの時間帯だった。


 冒険者の姿は少ない。


 右側にある大きな掲示板へ。


 初めての仕事だし常設の薬草採取なんかをやろうと思って来たけれど、ふと端の方にある『ドブさらい』の依頼が目に入った。


 そうか。


 街の中でのお手伝い系の仕事もあるのか。


 これなら……。


 安全だし、僕にピッタリな仕事だ。


 内容を確認して、掲示板から紙を剥がし受付に持って行く。


「あら、トウヤ君。今日は1人なのね」


「はい。今日は早速仕事をしようと思って。カトラさん、これよろしくお願いします」


 今日は他の受付嬢の方もいたが、やっぱり見知った人の方が気楽にいける。


 カトラさんに僕が受けて問題ない依頼かどうか判断してもらう。


「うん、これなら大丈夫そうね。時間はかかるだろうけど頑張って」


「はい! あの、この依頼の場所って……」


「あっ、ちょっと待ってて。説明するから地図を……これこれ」


 僕は道のりを教えてもらってから、ギルドを出た。


 カトラさんによると、この依頼はなかなか受け手が見つからず困っていたそうだ。


 たしかにお手伝い系は他にも掲示板に残ってたもんなあ。


 魔物討伐なんかが人気で、フストの街にはお手伝い系を受ける冒険者が少ないのかもしれない。



 ギルドから十数分。


 教えてもらった道のりを辿ると、古いレンガ造りの家の前に着いた。


 ここだな。


 コンコンコンッ。


「すみませーん。冒険者ギルドで依頼を受け伺いましたー」


 扉をノックして呼びかける。


 が、反応がない。


 えーっと……。


 なんて思っていると、家の裏手から声が聞こえてきた。


「はーい。今行きますねー」


 やって来たのは、人が良さそうなおばあさんだった。


「はじめまして。冒険者ギルドから来ました、トウヤと申します」


「まあ、本当に! 助かるわ。雨が降るたびに私1人で対処してたのだけれど、もう限界で。こっちよ」


 依頼書を確認してもらい、家の裏に案内される。


 ちょうど今も対処中だったのか、木板が外された側溝の中にはたっぷり汚泥が溜まっていた。


 これは……すごいな量だな。


 僕が黙っていると、気まずそうにおばあさんが言った。


「やっぱりあなた1人じゃ難しいわよね? ごめんなさい。旦那がいる頃だったら良かったのだけど……」


 話を聞くと、どうやら旦那さんが亡くなり1人暮らしのおばあさんは、以前あった豪雨の際に運悪く側溝に土砂が詰まり、それ以来悩まされていたらしい。


 前世で営業職だったわけでもないので、直接お客さんと接する仕事は不慣れだ。


 だがスマイルは大事。


「大丈夫ですよ! 精一杯頑張らせていただきます」


 不安を抱かせぬよう、意識的にハキハキと。


 さて。


 側溝に近づきドブに手のひらを向ける。


 そして……アイテムボックス。


 念じると、一瞬で全ての汚泥が消えた。


 ついでに生活魔法で汚れを落としていく。


「『水よ』」


 水圧だけで掃除はできないから、ここにさらに……。


「『炎よ』」


 上手く炎を操作し、熱水にして流す。


 よしよし。


 成功だ。


 側溝が綺麗になったので、依頼書に達成確認のサインを貰おうと振り返る。


 すると、おばあさんが目を丸くして口をパクパクとさせていた。


 ……あれ、何かまずかったかな?

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