第42話 釣り

 変わらずお手伝い系の依頼をこなしたり、薬草採取をしたりしながら数日が経った。


 カトラさんとの勉強は順調に進んでいる。


 もちろん引き続き、生活魔法や短剣の練習も怠ってはいない。


 だけど……。


 カトラさんから直々に教えてもらうことになった一般魔法に関しては、今のところ進展がない。


 なんでも最初の1回は様々な魔法を見せておきたいとのことで、安全面を考慮し、街の外でやろうということになったからだ。


 街の外へ行くには、時間の都合もある。


 なのでカトラさんの休日がくるまで待つことになったのだった。


 致し方がないだろう。


 まあ、その日がついに明日に迫ってるんだけど。


 というわけで、僕はワクワクしっぱなしだ。


 昨日からもうなかなか寝れず、疲れが溜まるのは良くないと自分に言い聞かせてなんとか眠りに就くような状態だった。


 前に風邪を引きかけた時、本格的に体調を崩さないかヒヤヒヤしたからなぁ。


 最近は健康に気を遣って生活している。


 あれからは毎日、朝昼晩と3度に分けアイテムボックスに水を入れ続けた。


 魔力が枯渇するのはもうご免だ。


 で、昨日の昼にそろそろ満タンだと感覚的に分かったので、放水をしにピクニックで訪れた川へ行くことにした。


 当然、水を流すだけだったら水路や草原に少しずつ撒けばいい。


 だが、今日の目的はそれだけじゃない。


 朝早くにフストを出て、ついでに薬草を採る。


 幸い、天気は晴れときどき曇りくらい。


 街道を南下していると雲が影を作ってくれた。


 歩きやすい天候だ。


 ジャックさんたちに馬車に乗せてもらった時も、ここを通る人は他にいなかったけど……。


 念のため遠くまで見渡して、誰もいないか確認する。


 充分にフストから離れると、70%くらいの力で走ることにした。


 祠を出た日以来、味わえなかった高速ダッシュの爽快感。


 広大な自然の中、ぽつりと僕1人だけが風を切って走っていた。


 ……。


 ピクニックをした場所に到着した。


 真っ直ぐと川に向かい、放水する。


 全部出すのにかなり時間がかかった。


 途中で面倒くさくなって勢いを強めすぎ、川が氾濫しそうになった時は焦ったな。


 その後は限界ぎりぎりの量を見極めてやったつもりだけど、結局もう正午くらいは軽く過ぎてしまったかもしれない。


 さぁ、ここからがやっと本題だ。


 アイテムボックスから昨日買っておいた釣り竿と餌を取り出す。


 そして鉤に餌を刺し通し、僕は竿を斜めに立ててから手首を使ってゆっくりと振った。


 うーん……。


 あまりイメージ通りにはいかなかったな。


 けど、一応そこそこ遠くまで飛ばせたからいいか。


 前世では釣りなんか1、2回しかしたことがない僕が、なぜ今日釣りをしに来たのか。


 それは、カトラさんと自然の知識を勉強する中で、ピクニックの際に見かけた魚を図鑑で発見したからだった。


 この川で見たあの魚は、ギンウヤといって塩焼きにして食べることもできるらしい。


 その情報を知った僕はピンと閃いた。


 そして、ここに今日こうして来たわけだ。


 図鑑に書いていたように竿を寝かせる。


 その他、細かな技術はいくつもあるんだろうけど、僕には主要な数点だけしか気を配る余裕はない。


 まあ技術はないが、運だけはあるはずだ。


 ……。


 静かに集中する。


 半透明な幸運の指輪に軽く触れ、願って待っていると反応があった。


 キタっ!


 手応えを感じ、瞬時に釣り上げる。


 タイミングは悪くない。


 水上に現れたのは、太陽光を反射してきらめく銀色の魚だった。


 ギンウヤだ。


 逃がさないように気をつけて回収し、鉤を外す。


 アイテムボックスから釣り具と一緒に買っておいた串を出し、僕はギンウヤにそれを刺した。


 多めに塩をかけ、炎の生活魔法でじっくりと焼き上げる。


 よし、そろそろいい頃合いかな。


 ガブッと齧りつくとめちゃくちゃ美味しかった。


 ふわふわの身が堪らない。


 魚は久しぶりなので余計に美味しく感じるなぁ。


 道具集めにお金はかかったけど、それを差し引いても満足な味だ。


 ま、高価な物は買わなかったから、今日の分の薬草を売れば支出はそこまで大きくならないだろう。


 あと2匹くらい釣って、1つはレンティア様に送ろうかな。


 上手く釣って焼き上げ、貢物として送るとレンティア様はかなり喜んでくれたようだった。


 また仕事で忙しくしているらしく、「最高の差し入れだな。でも、清酒があればもっと最高なんだが……」と仰っていた。


 釣りを堪能し、少し休憩してから帰ろうと思っていると、対岸で動く何かに気がついた。


 なんだろう?


 目を向けると、犬がいた。


 灰色っぽい犬が川の水を飲んでる。


 こっちの存在にも気がついているみたいだけど……。


 その時、不意に魔力を感じてドキリとした。


 こ、この魔力、もしかして魔物っ?


 一瞬警戒するが、敵意は全くと言っていいほど感じない。


 それより……あの犬、よく見ると怪我してないか?


 苦しそうに後ろ足をフラつかせている。


 近づくのは怖かったが、他に仲間がいる様子もなかったので僕は1度50mくらい下流の方へ行ってから、対岸に渡ってみることにした。

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