第119話 二人

「オラオラァ……!」


「きゃー!! もうダンドってばっ!」


 今日はダンドもテンション高めで、セナと子供らしく水を掛け合っている。


 彼らから少し離れたところでは、リリーが脱力して水にプカプカと浮かんでいた。


 カトラさんがそんなリリーに付き添って、足がつくところまで運んでいってあげたりしてるらしい。


 二人は波に揺られながら、まったりと過ごしている。


 さて、僕も海に入ったが良いが何をしよう。


 何となく泳いでいるレイに平泳ぎでついていく。


「凄いわね、トウヤ君。泳げるのね」


「あ、はい。一応は……」


 そんなことをしていると、近くを通った際にカトラさんに言われてハッとした。


 ダンドやセナが泳いでいるのはさっき遠目に見たけど、海がない場所で育ったりしたら泳げない人が大半なんだ。


 学校でプールの授業を受けるなんて、地球でも海外に行ったら機会がなかったりするくらいなんだし。


 誤魔化しつつ、すいーすいーと離れていく。


 この体になって泳ぐのは初めてだから、全力で泳いでみようかなって思っていたんだけどなぁ……。


 一人で来たときにすることにして、今は力を抜いて泳ぐだけに止めておく。


 うーん。


 というか、脚に力を入れて高速で動かしたら、立った状態で腰から上くらいまで余裕で水の上に出せそうだ。


 魔法も駆使したら、水の上を走れたり……。


 いや、さすがにそれは難しいのかな?


 空を飛ぶのと同じくらい、何歳になっても憧れるシチュエーションではあるんだけど。


 諦めて、レイと並んで犬かきでぐるぐる辺りを周遊していると、ダンドがセナ目掛けて飛ばした水がリリーに当たり、魔法で逆襲の制裁が下されていた。


 リリーが体を起こし、手のひらから筒状のそこそこ太い大量の放水をダンドの顔に掛けている。


「ぐぶぁ……あばばばっ」


 ゴボゴボと口から泡を吐きながら、水に溺れているダンド。


「やれやれー! リリーちゃんっ」


 セナも拳を突き上げて応援している。


 ダンドは海の中に逃げても意味はないし、と慌てながらも色々と考えたのか、最後の最後にくるりと後ろを向いて呼吸する術を見つけたようだ。


「ごほっ、ごほっ。死ぬ……マジ死ぬ……」


 膝に手をつき、背中を丸くしながらそう言う声が聞こえてきた。


「これでよし」


「あはは、リリーちゃん……」


 一仕事終わったとばかりに、リリーは満足げに脱力モードに戻っている。


 隣のカトラさんは、苦笑気味にそんな様子を見ていた。


 そしてダンドはというと、近づいてきたセナに「良かったじゃん。また、リリーちゃんの魔法を間近で見られて」と皮肉を言われ、再び二人できゃあきゃあと楽しそうに遊び出す。


 あの二人……。


 昔から一緒にいるって言うだけあって、なんだかんだで二人でいると楽しそうだな。


 気が合うのか仲も良さそうだし。


 ダンドも、周りにアルヴァンさんやニグ婆をはじめとした大人がいなかったら、セナとは素直に接せられるのだろうか。


 まあ僕たちも出発が迫っているのだし、あまり彼らに踏み込むつもりはないが。


 だけど、こうして出会った以上は未来が明るいものであることを願わずにはいられないものだ。




 日が傾き始めた頃、遊びを切り上げてビーチから撤退することになった。


 途中でカトラさんにもジャックさんには報告したと伝えていたので、帰りの砂浜からの階段を上っている最中、セナたちにも五日後に街を出ると話した。「五日後かぁ……寂しくなっちゃうね」


 セナは小さくそう言ったが、ダンドは無言だった。


 それからそれぞれがわいわいと話しつつ、ネメステッド様が立っている足下を横切る。


「トウヤ君たちも次の街に行っちゃうけど……」


 丘を下りはじめる辺りで、ちょうど僕の前を歩いていたセナが、思い切った様子で隣にいるダンドに話しかけていた。


「あんた、将来のことちゃんと考えたの? 最近はおじさんにも言われてたけど、冒険者を続けるのかどうか、とか……」


「いや、別に。今はいいだろ、そんな話」


 ダンドは触れて欲しくない話なんだろう。


 面倒な話題とばかりに、少し声が固くなっている。


「ほら、いっつもそうやってはぐらかしてさ」


「は? だったらなんだよ……っ。あれか? お前も俺が冒険者をやめたら――」


「いや、そうじゃなくて。あたしは別にダンドが冒険者を続けたいなら続けたらいいと思ってるけどさ。どんな形でも、何でもどっちつかずにせずに、そろそろはっきりとさせていくことも必要なんじゃないかって思ってるの」


 先頭を行くジャックさんたち親子には、声が届いておらず気付かれてはいないが、僕のちょっと後ろを歩くカトラさんは、僕と同じようにこっそり見守っているようだ。


「ユードとリッシャたちなんか、お互いの家の仕事を継いで関係もいいみたいだしさ。もう大人になったら、数年で結婚して子供ができて……とか。あんたは誰かと暮らすつもりとかないの?」


「あーはいはい、わかってるよ。俺だって別に、将来的には誰かと暮らしたりするかもしれねえだろ」


 名前が出てきたユードとリッシャは、同世代の子なのかな。


 ダンドは流すように、適当に頷いてるけどセナが言うことの意味をしっかりとわかっているんだろうか。


「いろいろと言われて、最近は俺なりに将来のことを考えたりしてんだ」


 セナは何だかんだでダンドに気がありそうだったが、ダンドは結局曖昧な答えしかしない。


「じゃあ、今度聞かせてよね。さきに言っておくから、数日で考えまとめといてよ」


 セナももういいと思ったのか。


 それだけ言うと、話を打ち切って歩く速度を上げた。


「ああ……。はい、はい」


 本当に了解したのか怪しい、投げやりな返事をするダンドの背中を僕はじっと見ていた。


 横に並んできたカトラさんを見上げ目を合わせると、彼女も肩をすくめ、「困ったわね」とでも言うような目をしていた。

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