第50話 ポンチョ
3日後。
庭の草刈りの依頼をこなして、資料室でカトラさんと勉強していると扉がノックされた。
レイは今日、高空亭に置いてきている。
依頼先のことも考えて悩んでいると、アーズがちょくちょく様子を見てくれるということで部屋で待ってもらうことにした。
ノックされた扉から顔を覗かせたのは人が良さそうなおじさんだった。
「カトラくん、ちょっといいかい?」
「あっ、ギルド長」
癖っ毛で小太り。
この人が……ギルド長?
もっとゴツい人をイメージしてたけど。
見えないな。
「わ、わかりました。トウヤ君、少し外すわね」
「はい」
カトラさんは目を泳がせながら席を立つと、部屋の外へ行く。
何かマズいことでもあったのかな?
あ……もしかして。
普通にお世話になってるから忘れてたけど、そうだ。
受付をせずに僕の勉強に付き合ってもらっているんだから、それの注意を受けてるんじゃ。
不安になって待っていると、カトラさんが帰ってきた。
な、なんか物憂げだ。
「……はぁ」
それに溜息も吐いてる。
隣の席に座ったカトラさんは、しばらく固まってから「よし」と顔を上げた。
気持ちを入れ替えたようだ。
でも、変わらず表情は曇っている。
多分無意識に吐いてしまっているんだろう。
2度目の溜息があったとき、僕は意を決して尋ねてみることにした。
「どうか……しましたか?」
「ああ、いやっ。ご、ごめんなさいね。何でもないのよ」
「もしかして僕がご迷惑をおかけしているせいで、何か……」
カトラさんは構わないと言ってくれているけど、ギルド長から怒られてしまってまでお世話になるのは良くない。
何があったか確かめよう。
そう思い1歩踏み込むと、カトラさんはゆっくりと首を振った。
「いいえ。さっきのは業務上の連絡よ。たしかに形式上の注意もされたけれど、忙しくないときはお勉強を続けてもいいと言ってくれたわ。ギルド長、根っからのお人好しだから」
だからこそ、と言うようにカトラさんは俯く。
「優しくて、快適な職場で働いていることに悩みを抱えちゃっていてね。高望みだとわかってるわ。でも、このまま規則が多いギルドで同じ毎日を繰り返すと思うと……」
カトラさんはそこで顔を上げ、自身の頬を両手で叩いた。
「ダメね。トウヤ君に自分の悩みを打ち明けちゃったりして」
「いえ、僕は全然構いませんよ」
カトラさんもギルド職員になって1年。
色々と考える時期なんだろう。
ご両親の後を追ったように、本来は自由に生きる冒険者向き性格のようだし。
実はまだ、冒険者に未練があるのかな……。
「ふふっ。やっぱり優しいのね、君は」
笑ってそう言うが、カトラさんに悩みが重くのしかかっていることは力のない瞳を見るとわかった。
今日はもうやめておこう。
このまま勉強を教えてもらうのは。
「そ、そういえばっ!」
だから話題を変え、たわいもない話をする。
変に声が上ずってしまったが、カトラさんはクスッと笑って耳を傾けてくれている。
「昨日から突然、いろんなお店で赤色のポンチョを見るんですけど……何かあるんですか?」
「ああ、アヴルの年越し祭ね」
「アヴル……?」
どこかで耳にしたような。
えーっと。
「あっ、この街の英雄でしたっけ」
「そうそう。よく知ってるわね」
アヴルと言えば、レイの名前をどうするか悩んでいたときにアーズの案で出たもう1つの名前だ。
それにしても祭りかぁ。
……って、年越し祭?
今、そんな季節だったんだ。
驚くが、知らないのはさすがに不自然すぎるので顔に出さないように努める。
カトラさんが教えてくれたことによると、アヴルは300年前に実在した英雄で、ある日神域側の森に住み着いたドラゴンを神のお告げを受け、打ち倒したらしい。
その戦いから彼が帰還したのが元日だったことから、今もなお、年をまたぐ盛大な祭りが行われているんだそうだ。
僕が街で見た赤いポンチョは、ドラゴンの返り血を浴びたアヴルと同じようになり、感謝と自分たちの勇気を伝える物なんだとか。
アヴルの年越し祭。
面白そうだし、せっかくだ。
僕も参加してみよう。
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