第54話 祭りの気配

 今日は街の外で一般魔法の練習だ。


 ついでに薬草を採取する。


 街道を南下すると、森側の草原に良いポイントを発見した。


 ナツルメ草が群生している。


 長い間、手つかずだったのだろう。


 いっぱい生えていたので少し多めに採ってみた。


 まだ残っているけど、ちょっと欲張りすぎたかな?


 アイテムボックスに入れた物を全部売れば、薬草採取としては過去最高額になるかもしれない。


 カトラさんに採ってきすぎだと釘を刺される可能性があるくらいだ。


 だから、今日は薬草もルーダンさんの所で売るとして……。


 ホクホク気分で魔法の練習に入る。


 先に収入の確保をしたので、余計なことは考えずに済む。


 ちなみに無力化を解いたレイはさっき森の中に入っていってしまった。


 心配と言えば心配だが、まあ大丈夫だと思う。


 何にしろ……。


 いや、今は練習だ。


 今日は重い曇り空。


 いつ雨が降り出すかも分からない。


 さすがにびちょ濡れになりながら練習をするのは嫌なので、雨が降ってきたら帰るつもりだ。


 その時はレイもすぐに戻ってくるだろう。


 カトラさんに魔法を見せてもらった日から、街の外で練習したのは1回だけ。


 それ以外は魔力の操作しかしていない。


 しかし、本日最初のウィンド・スラッシュで形になりつつあることが明確に分かった。


 魔力を練る。


 詠唱。

 展開。

 発動。


 シュギンッ……!


 鋭い音を響かせて、風の刃が飛んでいく。


 20mほど先までの草、その上半分がバッサリと断たれパラパラと落ちていく。


「よしっ」


 やった。


 思わず1人でガッツポーズをして、達成感を噛みしめる。


 たしかに生活魔法に比べると、こんな現象を起こせるのにもかかわらず同じくらいの魔力でいいみたいだ。


 練習しまくった僕がそうなのだから、普通の人は生活魔法の燃費はもっと悪いのだろう。


 連発できないのも頷けるな。


 一方で一般魔法は魔力が十分にあり、魔法が使える人々に重宝されるだけあって、練習すればここからさらに魔力の効率が良くなるはずだ。


 とにかく、魔法の速度やコントロールは満足できるものではないが、ついに第1関門をクリアできた。


 あとはウォーター・ボールとウィンド・ブレードの習得。


 そして3つの一般魔法の技術向上だ。


 次にカトラさんに見てもらえる時までに達成しておきたい。


 ……。


 体感でさらに1時間くらい練習していると、レイが戻ってきた。


 僕の足下にホーンラビットを置く。


「今日も持ってきてくれたんだ。ありがとう」


 撫でて感謝を伝える。


 レイはカトラさんと来た時と同じく、前回もホーンラビットを持ってきてくれた。


 本人は暇つぶしの運動がてら、ついでに僕にプレゼントしてくれているみたいだ。


 疲れた様子もない。


 足が速いので、本当に危険な状態になったら森を駆けて逃げてくるだろう。


 そう考え、単独で森へ行っても過度に心配することはやめた。


 魔物を捌く練習にもなるから助かっている。


 同じホーンラビットを持って帰ってきてくれるのは、僕がやりやすいように気を遣っているのか……。


 さすがにそれは考えすぎかな?


 処理を終えて、ホーンラビットを収納する。


 前もって一部だけ切り取っておいた肉を炎の生活魔法で焼き、レイにあげた。


 せめてものお礼だ。


 満足した様子で食べてくれている。


 ……。


 帰り道。


 門に向かって街道を歩いていると、ポツリポツリと雨が降ってきた。


 地面の土が滲んでいく。


「うわっ。レイ、急ごう」


 滅多に人が通らない辺りは速めに走る。


 レイも余裕の表情で後ろを付いてきた。


 僕は服が、レイは毛が濡れていく。


 結構本降りだな。


 フストに近づき無力化したレイを抱き上げると、水浴びでもしたかのようにずぶ濡れだった。


 僕も髪までぺったりとなってしまった。


 街に入り、乗り合い馬車の停留所の端で風の生活魔法を使い、全身を乾燥させる。


 モフモフ度を取り戻したレイと馬車に乗り込む。


 ギルド付近までの道中、雨の中を小走りで行き交いしたり、雨宿りをしている人々をたくさん見た。


 傘がないから、こんなちょっとした光景も日本とは違うんだなぁ。


 それに気付いたことがもう1つ。


 数日前より店先に赤いポンチョを並べている場所が多くなった気がする。


 雨の下、街で一気に祭りの気配が強まっているのを感じた。

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