第25話 地下室
建物から一度外に出る。
裏手に回ると、錆びた鉄扉が目に入った。
「うっ」
なんだこの悪臭……。
あの扉の先から?
酷い臭いだな。
僕が流れてきた不快な臭いに眉をひそめていると、手で鼻を覆ったアンナさんが俯いた。
「豪雨で街のゴミが水路に入って、それが地下室に流れてきてしまったようなんです。運悪く置いていた物が穴をせき止めてしまったばかりに、みっ、水が残ってしまい……」
「なるほど。それでこの臭いが」
「はい……」
アンナさんが扉を開けようとして止まる。
わずかな逡巡。
その後、思い切った様子で扉を引くと、むわっとさらに濃い悪臭が流れ出てきた。
「うぷっ」
ヤ、ヤバい。
本当に吐きそうだ。
胃から込み上げてくる物を必死に押さえ込む。
隣でアンナさんも真っ青な顔をしていた。
僕は後退りそうになったが、アンナさんは扉を入ってすぐの場所にあったランタンに炎の生活魔法で灯りをつけ、薄暗い階段を下りていく。
別にこんなとこで勇気を見せないでも……。
しょうがない。
僕も行くか。
後ろに続いていくと、数段下にある曲がり角でアンナさんの足が止まった。
……?
気になって先を見る。
すると地下室はプールみたいな状況になっていた。
プカプカと木箱なんかが浮かんでいる。
「あ、あのっ。この状態では、やはり銀貨3枚では厳しいでしょうかっ?」
緊張気味だったのはこういうことだったのか。
たしかに話は聞いていたけど、実際に目にすると想像以上に手強そうな状態だもんな。
僕が突然、やっぱ無理とか言い出しかねないくらい。
そしたらアンナさんたちは、自分たちでどうにもできないから手詰まりになってしまうだろう。
充分なお金もないみたいだし。
まあだから……。
「大丈夫ですよ。何とかしてみせます」
「っ! トウヤさん、ありがとうございます! 私にできることは何でも……」
「いっ、いえ、お構いなく。あと、とりあえず一度外に出ましょうか」
本音を言えば、ここに長々といたくはないからな。
相変わらず真っ青な顔で目だけを輝かせるアンナさんを連れ、地上に戻る。
ああ、新鮮な空気だ。
最初はここも臭く感じたのに、今はまったく気にならない。
むしろ地下室に充満した空気がたっぷり染みこんだ服の方が気になるくらいだ。
鉄扉を閉め、アンナさんを見る。
「では1つだけ。この辺りに誰も近づかないよう、お願いできますか? 水を抜いた後、地下の物をどんどん運び出す際に危険だと思うので」
「わかりましたっ! 子供たちが近寄らないように気を配っておきますね」
うん、これでよし。
アイテムボックスの使用状況によっては、あまり人に見せてはならないからな。
今日分の作業が終わったら声をかけることも併せて伝え、仕事に入ることにする。
最後にアンナさんは深くお辞儀をしてくれた。
「それでは改めて、よろしくお願いします。うちの子たちもトウヤさんくらいしっかりしてくれればいいんですが……」
「あはは」
食堂で喧嘩していた子供たちが気になるのか、それとも単にこの臭いから逃れたかったのか、アンナさんは小走りで去っていった。
その背中を最後まで見送り、貸してもらったランタンを持って再び鉄扉に手をかける。
……そうだ。
予備の服でも口元に巻こうかな?
そうしたら臭いが少しは押さえられる……。
いや、やめておこう。
これ以上服に臭いが染みつくのは避けたい。
なるべく早く水を抜けばいい話か。
扉を開け、階段を下りる。
そして曲がり角。
本来は水をせき止めている物をなんとかするのが正攻法なんだろう。
だけどそれを壊すのも動かすのも大変すぎる。
だから僕は、地下室の水ごとアイテムボックスに収納することにした。
部屋の広さは3×5m。
水深は多分1mと少し。
容量に問題はないはずだ。
水に手をかざし、アイテムボックスと念じる。
すると、水は一瞬で消えた。
……よし、成功だ。
残された木箱が地面に落ち、その他に流れ込んできたであろう汚いゴミなんかが散乱している。
元から置かれていたと思われる荷物もグチャグチャだ。
この部屋を綺麗にするという本題の前に、まずはアイテムボックス内の水を処理してしまうか。
えーっと、方法は……。
派手に穴が空いた壁の向こうだ。
水路に流せばいいだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます