第51話 手土産

 高空亭に帰ってきた。


 グランさんは夕食の仕込みが長引いているらしい。


 僕は裏庭で短剣の素振りをしながら、アーズにレイを見てくれていたお礼を伝えた。


 そしてそのまま、短剣を振りながらアーズと話していたのだけど……。


「アヴル祭のポンチョ? あたしたち、明後日に孤児院で手作りする予定だからトウヤも来たら?」


 カトラさんから聞いたアヴルの年越し祭の話になり、そんな提案をされた。


 動きを止めてアーズを見る。


 膝を抱えてしゃがみ込み、足下のレイを撫でている。


「えっ、いいの?」


「うん。アンナちゃんが赤い布を使い切れないくらい貰ったらしくてね。全然大丈夫だと思うけど」


 グーっと親指を立てられる。


 ポンチョをみんなで手作りかぁ。


 お店で買おうと思ってたけど、そっちの方が楽しいかもしれないな。


「……じゃあ、行かせてもらってもいいかな?」


「了解っ。アンナちゃんに確認して、明日時間とか伝えるから!」


「わかった。よろしく」


 というわけで僕は久しぶりに孤児院を訪れることになった。



 2日が経ち、その日がやってきた。


 アーズに言われた時間が昼過ぎだったので、遅めに起きて朝食後は魔力を操作して時間を潰す。


 ウィンド・スラッシュを発動する寸前まで繰り返す感じだ。


 もちろん、街の外で実際に全力で放てる時に比べたら効果は低いだろう。


 けど、これでも少しくらいは効果があるはず。


 やらないよりはマシだ。


 気がついたら宿の中は静かになっていた。


 他の宿泊客たちが出払ったのかな。


 僕もあと2時間くらいで……。


 あ、そうだ。


 ここ最近、毎日欠かさずに働いていたのでお金には余裕がある。


 今日は仕事ではなく、普通に孤児院にお邪魔するんだし、手土産の1つくらい持っていった方がいいか。


 お店に寄って何か買っていこう。


 どこに行けば良さげな物があるかは……わからないから、早めに出ていくつか見て回ってみよう。


 何しろフストでの買い物経験が少なすぎる。


 食事も宿で済むし、本当に必要最低限の物しか買ってこなかった。


 思い返してみれば随分と質素な生活だ。


 まあ、新鮮な風景や魔法のおかげで退屈はしてないが。


 少ししてから部屋を出る。


 レイは今日は留守番だ。


 今は床で静かに寝てる。


 賢い上に無力化しているから問題は起こさないだろうけど、ポンチョ作りに集中して目を離すよりは、部屋に置いていった方が安心だと判断した。


 一応、グランさんにはその旨を伝えてある。


 階段を下りていると、甘い匂いがした。


 何だろう?

 この匂い。


 フロントに向かう途中で厨房を覗いてみる。


 グランさんが何か作っていたようだ。


「グランさん。鍵、お願いできますか?」


「おっ、もう行くのか? まだ早いだろ」


 昨日、僕とアーズが話をしているときにグランさんは横にいたので、話を聞いていたらしい。


「お土産でも買っていこうかな、と」


「土産? そんな物、わざわざ買わなくても良いと思うぞ」


「……?」


 グランさんが何かを持ってこっちに来る。


「ほれ、これでも持ってけ。チビたちも喜ぶはずだ」


 そう言って差し出してきたのは、蓋付きの食器だった。


 グランさんが蓋を開けた瞬間、さっきからした甘い匂いがむわっと出てきて、一段と濃くなる。


 パイだ。


「わっ、美味しそうですね!」


 香りや見た目からすると、ブルーベリーに似た木の実を使った物だと思う。


「もしかしてこれ、今日のために作っていただけたんですか?」


「ま、まあそういうことだ」


「っ! ありがとうございます。あ、お値段の方は……」


 硬貨を取り出そうとすると、グランさんは「いや」と目を逸らしながら僕を止めた。


「食堂で出す新作の試しだからな。代金は結構だ」


「え。い、いいんですか?」


「ああ。他にもいくつか同じ物があるから持っていってくれ」


 試作品であることは本当なんだろう。


 でも、孤児院の子たちや僕のために持たせてくれているんだろうな。


 まだ焼いている途中の物の匂いもする。


 出発時刻を耳にして、それに合わせるように全部が完成するように作ってくれていたみたいだ。


「……ありがとうございます」


 このくらいの量なら、アイテムボックスに入れても不自然ではない。


 グランさんは食器を持ち運びやすいように袋に入れてくれようとしたが、僕は全てアイテムボックスに収納した。


 これなら温かいまま持っていける。

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