第65話 森オーク

 100mほど歩くと、カトラさんがまた立ち止まった。


 おいで、と手のひらをクイッとされる。


 彼女がいる木の下まで行き、下り坂になった先を覗くと巨大な魔物がいた。


 小声で言葉を交わす。


「あれが……?」


「ええ。森オークよ」


 全身を覆う茶色の毛。


 顔は豚のようで、鼻が潰れている。


 でっぷりとしたお腹を揺らしながら、二足歩行で坂の下に流れている小川の側を歩いている姿を見て、思わず顔を顰めてしまった。


 見たくなかったけど、見てしまったな。


 あれがフストの屋台で串焼きにされてる森オークなのか。


 イメージしてたよりは猪っぽい。


 だからまだマシ……。


 いや、自分が昔から食べてこなかったからって気持ち悪がるのも違うか。


 フストでは当たり前のように食べられてるんだ。


 今後も色んな場所を巡れば、色んな食材と出会うことになるだろう。


 まあ、生きてるところを見たり、自分で倒したりはしたくなかったんだけど。


「トウヤ君、いけるかしら?」


「……は、はい」


「よしっ。じゃあ良いと思う所まで近づいて、『ウィンド・スラッシュ』を使うのよ? 1回で倒せなくても慌てないで。落ち着いて2回目を発動すれば大丈夫だから」


 肩に手を置かれる。


 僕は唾を飲み込み、コクリと頷いた。


 覚悟を決めよう。


 すぅーはぁー。


 ……。


 深呼吸をして木の陰からで出る。


 背を向け、のそのそと去って行っている森オークは僕に気づいていない。


 カトラさんとレイは距離を保ち、後ろから静かに見てくれている。


 魔法の属性。

 飛距離。


 事前にそれらを考慮して、僕が現在使える3つの一般魔法のうちウィンド・スラッシュを使うことになった。


 練習を重ねれば飛距離をもう少し伸ばせるみたいだけど、今でも充分に中距離魔法と言えるレベルだ。


 5m~8mは飛ぶ。


 だから問題はない。


 歩行速度が遅い森オーク。


 こっちの存在がバレたとしても、距離を詰められることはまずないはずだ。


 しっかりと後退しながら攻撃を続けたら、僕が怪我をする心配ないだろう。


 小川付近まで斜面を下り、森オークの背後を取る。


 大丈夫。


 カトラさんが言っていたように、1発でダメだったら落ち着いて2発目だ。


 殺される恐怖さえ取り除けば、魔物と対峙することは容易い。


 大体、食べるために生き物を殺すことに抵抗感はなかった。


 元から誰がやってくれているのだし、生き物に感謝する心があれば忌避することではない。


 足音に気をつけて近づく。


 よし、ここからだったら……。


 あと6mくらいの場所で詠唱を始める。


 森オークが僕の声に気が付き振り向く頃には、すでに魔法が発動していた。


「『ウィンド・スラッシュ』!」


 風の刃が飛んでいく。


 よし、狙いはバッチリだ。


 首を目掛け、安定した状態で発動できた。


 ──シュパッ。


 抜群の切れ味で刃が通る。


 僕は続けて詠唱を始めていたが、森オークの巨体が傾いた。


 そして、バタンッと倒れる。


「ん?」


 1発で……倒せた?


 首から上が分断されている。


「うっ」


 さ、さすがにこれはっ。


 咄嗟に顔を逸らすと、カトラさんがレイと一緒に斜面を下りてきていた。


「完璧だったわよ。威力も、狙いも。森オークとはいえ1人で、それもいきなり1撃で倒すだなんて。試験さえ受ければすぐにでもDランクに昇格できるわね。もしかして君、Cランク目前くらいの強さはあるんじゃないかしら?」


「あ、ありがとうございます」


「この様子だと旅の途中にお金の心配はしないでよさそうね」


「カトラさん……。あの、僕はそんなに積極的に戦う気は……」


「お金があれば良い宿に泊まって、良い料理を食べられるわよ?」


 ごくり。


 け、検討だけはしておこう。




 倒した森オークは勉強ついでに水で冷やし、諸々の処理をしてからアイテムボックスへ収納。


 その後、レベルが2つ上がるまでさらに3体の森オークを倒してから、僕たちはフストに戻った。

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