第52話 飛び入り

 出発まで食堂の椅子に座ってグランさんと話したり、仕事姿を見ていたら鈴の音が聞こえてきた。


 誰か来て、扉が開いたようだ。


 お客さんだったらグランさんも対応しないといけない。


 もうそろそろ出発した方が良い時間だろうし、僕は出るとしよう。


 鍵はすでに預けている。


 席を立って扉の方へ行こうとすると、そこにいたのは見知った少女だった。


「あれっ、リリー」


「久しぶり、トウヤ」


 今日も今日とて表情が乏しい彼女。


 後ろにはピクニックの際にいた護衛の女性が、前回とは違い侍女っぽい服装で立っていた。


 会釈する。


 ジャックさんたちは……いないみたいだ。


 目的はグランさんではなく僕らしい。


 なので、話を聞いてみた。


「なるほど……。僕をアヴル祭に誘いに来てくれたんだ」


「うん」


 リリーは迫ってきている祭りを前に、当日一緒に回らないかと声をかけに来てくれたそうだ。


 侍女服姿の女性がにこやかな笑顔を浮かべ、言葉を付け足してくれる。


「お嬢様、トウヤさんをお誘いするために急いでお勉強を終わらせて来たんですよ」


 リリー、愛されてるんだなぁ。


 簡単にそうわかるほど、優しくて誇らしげな声音だ。


 当のリリーは女性の言葉に恥ずかしがることもなく、じっと僕の返答を待っているが。


「もちろん。ぜひ一緒に行こうよ」


 断る理由もない。


 わざわざ足を運んで誘ってくれたんだ。


 そのことを嬉しく思いながら、返事をするとリリーは少しだけ口角を上げて頷いた。


「良かった。トウヤ、ポンチョ持ってる?」


「あ、ちょうど今から孤児院のみんなと作りに行くところなんだけど……」


「そう。じゃあ、わたしも行く」


「えっ? あ、いやっ。ど、どうだろ? いきなり行ってもいいか僕には判断できないから――」


「大丈夫。ダメだったら大人しく帰る」


「そ、そう。だったら問題はない……のかな?」


 優しいアンナさんたちのことだから、普通に参加させてくれるとは思う。


 でも、ご迷惑になったらどうしよう。


 ……まあ、リリーもそのあたりは分かっているはずだ。


 ダメそうだったら、本当にすんなりと帰るつもりなんだろう。


 というわけで、僕はリリーと侍女さん(?)を連れ、孤児院に向かうことになった。


 2人は近くの停留所まで馬車で来ていたらしく、1度そこに寄って御者に話を通してから行くことにする。


 孤児院の方は道が狭いし、止める場所もないだろうからなぁ。


 停留所で話を聞いていると、馬車はここでリリーたちの帰りを待つそうだ。


 御者のおじさんも大変だな。


 孤児院へは時間通りに到着した。


 前もってアーズから言われている食堂へ行く途中、リリーたちは興味深そうにあちこちを見ている。


 どうやら、孤児院の景色が珍しく映ったらしい。


 食堂に入ると長机に布なんかが1人分ずつ切り分けられ、ずらりと並んでいた。


「あー来た来た。トウヤと……ん? あっ。えっと……ジャックさんのところの……」


 入り口付近にいたアーズが僕たちに気付くと、近づいてきた。


 そうか。


 グランさんとジャックさんの関係だもんな。


 リリーもアーズがいるときに高空亭を訪れ、知り合いだったとしてもおかしくはない。


 眉間に皺を寄せて必死に名前を思い出そうとするアーズに、リリーが口を開く。


「リリー」


「そうそうっ、リリーだ! 久しぶり! で、どうしたの?」


 アーズは視線を侍女さんとリリーに行ったり来たりさせる。


「実は……」


 僕が事情を説明すると、アーズは嬉しそうに笑った。


「了解。じゃ、リリーも一緒に作ろっか。チビたちには針を持たせられないから、実は人手が足りなくてね。ちょっと待ってて。アンナちゃんに伝えてくるから」


 アーズはそう言うと、奥の方で子供たちと準備を進めているアンナさんの下へ走って行く。


 そういえば、小さい子たちはいないな。


 食堂で準備を手伝ったり、椅子に座って開始を待っているのは10歳くらいの子たちばかりだ。


 アーズがアンナさんと話しているのを見ていると、突然「えー!?」とアンナさんが声を上げた。


 チラチラとこっちを見ている。


 何やらアーズに声をかけられ、胸に手を当て深呼吸をしているアンナさん。


 落ち着いた様子になってから、2人がこっちに来た。


「トウヤさん、お久しぶりです」


「お久しぶりです」


 挨拶をする間も、アンナさんはチラチラとリリーを見ている。


 どうしたんだろう?


「は、はじめまして。リリーさんとお連れの方も、楽しんでいってくださいね」


「ありがとうございます」


「いやっ、そんな!」


 リリーが頭を下げると、アンナさんはバタバタし出した。


「ほらアンナちゃん、もういいから」


「あ、そ、それでは失礼しますっ!」


 それをアーズに強制的に止められ、足早に去って行く。


 アンナさん、なんかテンパってたけど……。


 気になって僕たちがその背中を見ていると、苦笑気味のアーズが教えてくれた。


「フィンダー商会って聞いて緊張したみたい。もう、アンナちゃんは……」


 やれやれといった様子のアーズに、思わず笑ってしまう。


 これじゃ、どっちが保護者かわからないな。


 そんな無粋なことは言わないでおくことにした。

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