第81話 久しぶり
フストを出発して5日。
旅は順調だ。
途中にある村に寄った際だけ宿に泊まったが、それ以外は野営をしている。
初めはどうなるかと不安だったけれど、負担は案外少ない。
何しろ魔法に、アイテムボックスもある。
ファンタジーのおかげで結構快適だ。
それに魔物の心配も少ないエリアなので、就寝時はリラックスして荷台で横になれている。
まあカトラさんがいたり、誰かが近づいてきたらすぐに察知してくれるレイがいるからの部分が大きいんだけど。
本当に有り難い。
僕1人だったらまた違ったはずだ。
ちなみにリリーは、僕以上にリラックスした様子で日々レイやユードリッドと戯れている。
肝が据わっているのか、なんなのか。
食事の準備を積極的に手伝ったりしながら、街にいたときよりもワクワクしている雰囲気を感じるので良いと思う。
……そして、現在。
見慣れてきた真っ白な空間。
眠りに就いたら、久しぶりにレンティア様とお会いすることが出来た。
「だ、大丈夫ですか?」
「ああ、まあね。ようやく山場を越えたから、下界の時間の流れで10日くらいは適度に忙しいくらいのはずさ」
「それは……お疲れ様でした」
机を挟んで向かい側に座るレンティア様に、紅茶を注いだカップを差し出す。
どれだけ忙しかったんだろう。
ちょっと可哀想というか、自分だけのんびりと暮らしていることが申し訳なくなってくるな。
今日のレンティア様は、いつもとは違い髪はボサボサで、何故か掛けている眼鏡の奥では眠たそうに目が小さくなっている。
普段の煌びやかさがない。
でも神様なんだから視力とか関係ないんじゃ……と疑問に思ったが、紅茶に口を付けたレンティア様が光のない目をこちらに向けてきたから何も言えなかった。
「と言っても下界で10日だから、こっちじゃ数日もしないうちに仕事の波が押し寄せてくるんだがね。まったく冬の豪雪地帯では命を落とす者も、新たな命が宿る者も多くて困るよ……はぁ」
な、なるほど。
生命と愛の女神様だから、そういう事情で忙しくなったりするみたいだ。
「いろいろと、お一人でやられているんですか?」
「いいや、手を貸してくれている天使もいるんだ。しかし、これが明らかに足りなくてね。ヴァロンのヤツにはもっと寄越すように言っているんだが、もう限界だとか言って。だからアタシは教徒を増やしすぎないように注意していたんだ」
「ヴァロン様って、創造神の……?」
「そうそう。もうこうなったら、他の派閥に逃げてやるかねぇ」
「えっ」
「――ってのは流石に冗談なんだが」
な、なんだ。
びっくりしたぁ。
「そういえば、アンタが今向かってるネメシリア。街の名前からもわかるように、ネメステッドのヤツを信仰している商人とかが多くてね。アイツも気に入ってよく観察してるみたいだったから、アタシの使徒が向かってるって伝えたんだよ」
ネメシリアって、主三神教のもう1柱の神様の名前から取っていたのか。
「そしたら興味を持ったみたいでね。アンタが街に滞在する間は、アタシと一緒に観察することになったから」
「……え? れ、レンティア様に加えてネメステッド様、お二方に見られるってことですかっ?」
「もちろん普段からアタシが見ないと約束したプライベートな時間は、ちゃんと覗かないように伝えてるから安心してくれ」
「いやっ、そ、それは有り難いですけど……緊張しますよ、そんないきなり」
こんなことなら黙って見てくれていた方が気楽だったのに。
「まあまあ。ほらっ、アタシがパッと目を離した隙に出来てた旅の仲間もいるんだからさ! あの子たちと楽しく街を堪能してたら、天界のことなんてすぐに気にならなくなるだろ?」
急に声を張るレンティア様。
これ、何か裏がありそうだなぁ。
「だっ、だからアタシたちのことは気にせず、時々海の向こうから来た酒や海の幸を送ってくれるだけでいいからさ。アタシの分と、ネメステッドの分。さすがにアイツだけ貢物がないのは可哀想だろう?」
…………。
「はぁ、そういうことですか……」
「おっと! あ、朝が来たみたいだな。じゃあ、目が覚める前に今回はここまでってことで」
バタバタとレンティア様が指を鳴らす。
その瞬間、僕の視界は光に包まれ……パチリと目を開くと、馬車の荷台に張られた幌が目に入った。
10歳児の僕とリリーの体は小さいため、3人で川の字に寝ても狭さは感じない。
まだカトラさんとリリーは眠っているようなので、静かに上体を起こす。
気を張ってくれていたのか、隣にいたレイが目を覚まし顔を向けてきた。
僕はレイになんでもないと微笑んでから外に出る。
涼しい空気。
昨日、馬車を停めた草原はまだ薄暗い。
遠く東から、ゆっくりと日が昇ってきているのが見える。
疲労困憊なようだったから、レンティア様のことを本気で心配したけど……。
あれは多分、何の考えもなしにネメステッド様に僕が街に行くことを伝え、自分にも貢物をと頼まれていたのだろう。
だから久しぶりに、突然夢に現れた。
別に高価な物を無理に要求されているわけでもないから、構わないと言えば構わない。
だけど、あんなやり方じゃなくて――
「――普通に言ってくれたらいいのに」
僕は、青白くなっていく空をジト目で見上げた。
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