第141話 防寒着

 隣でアゴあたりまで布団に潜り込んでいたリリーがなかなか目覚めなかったり、朝ご飯を食べた後にカトラさんがソファーでくつろぎだしたりして、今日の出発は遅くなった。


 朝ごはんを食べている時、ちょうど昨日までの依頼の達成報告をしにギルドに行くというサムさんたちに会い、昼頃に冒険者ギルドで集合ということになった。


「トウヤとリリー、そしてレイは初めてのダンジョンだろ? せっかくだ、俺たちも付き合うぞ」


 昨日サムさんからこんな提案があり、お世話になることだけ決まっていたのだ。


 諸々の準備を整え、のんびりと宿を出発する。


 重ための扉を開けて外に出ると凍りそうになった。


「さ、寒いっ」


「うー……やっぱ帰ろう」


 ずっと暖かい屋内にいたから、余計に寒さが際立つ。


 震える僕の隣でボソッと呟きながらUターンしようとしたリリーの肩を、カトラさんが抑える。


「ほーら、行くわよ。まずはこの時季のダンジョールに適した服を買わないと。私たちずっと引き篭もってないとならないわよ?」


 おかしいくらい全員喋ると白い息が出る。


 眩しそうに目を細めているリリーに、僕も声をかける。


「それにほら。この雪! こんなに積もったんだから、街の方も見てみようよ」


 視線を前に向ける。


 そこに広がっているのは、薄ら積雪していた昨日とは大きく変わった景色だ。


 建物の色以外は一面の銀世界。


 しっかりと積もった雪が光を反射して眩しさを感じる。


「起きて、カーテンを開けたら見えたから。暖かい部屋の中から見るほうがいい」


「り、リリー……」


「ま、まあほら。とにかく行きましょう。いつまでもこうしていたって寒いだけだわ。ユードリッドの世話をして出発よ」


 カトラさんが半ば強引に僕とリリーの背中を押して前に進める。


 たしかにリリーの言う通り、朝にカーテンを開けた時が一番びっくりしたけど。


 想像以上に雪が積もっていて、一気に世界が変わったみたいだった。


 到着が一日でも遅れていたらあそこでサムさんたちとも出会えなかっただろうし、まだ雪の少ないダンジョールも見られなかったはずだ。


 運に恵まれている。


 そんなことを思いながら裏手の厩舎に向かっていると、リリーが独りごちた。


「カトラちゃんも、やっぱり『寒いだけ』って言った」


「ははっ、本当だ」


 実際に景色は綺麗だけど、寒さが好きな人は僕たちの中にはいないらしい。


 持ってきている外套や上着を着ていても、万全と言える状態ではないしな。


 僕の肩の上にいるレイだけが、いつもと同じ様子で普通にしている。


 さすがフェンリル。


 色々と強い。


 僕たちは寒さに耐えながらユードリッドに食事をあげ、体調を確認してから街に出ることにした。


 この雪でも厩舎は快適だったので、安心して休ませてあげられそうだ。




 冒険者ギルドは街のちょうど中心に位置している、とカトラさんが教えてくれた。


 その途中、人の往来が増え始めたあたりに服屋はあった。


 女将のムルさんに紹介されたお店だ。


 時間をかけて試着を繰り返し……必要な物を購入してきた僕たちは、お店の前で横一列に並んでいた。


「これで寒さ対策はバッチリね」


 ロングコートにマフラー、手袋というコーデのカトラさんが頷く。


 下に冒険者としての服装を着ているから少しだけ着膨れしてるけど、比較的すらっとして見え、お洒落だ。


「そうですね。しっかり着込んでると、やっぱり違いますね」


「……完全装備。これで問題なし」


 そして僕とリリーはというと、ボンッというオノマトペが聞こえてきそうなぐらい着膨れした状態で、丸いシルエットになっていた。


 二人とも厚めの上着を重ね着して、カトラさんと同じくマフラーに手袋。


 僕はそこに耳当てをつけ、リリーはつばが折り返されて耳当てが垂れているモフモフでファー付きのフライトキャップみたいなのを被っている。


 靴下も変えたから足先も少しはマシになった。


 暖かいなぁ……と三人でまったり気分になっていると、冷たい風が吹き抜けた。


「やっぱり不備があった。目の周りは寒い。早くギルドに逃げ込まないと」


 リリーが前言撤回し、そそくさと歩き出す。


 僕とカトラさんも体の芯まで冷やす風に身を縮めながら、無言で後に続くことにする。


 これ、今服を買ってなかったら絶対に後々体調を崩しただろうなぁ。


 うー……寒い。




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