第56話 教会

 それほどせずに雨は弱まった。


「トウヤさんっ、行きましょう!」


「あ、は……はい!」


 そのチャンスを見逃さなかったアンナさんは木箱を持ち上げ、軒下から出る。


 僕も遅れて後に続くと、実際に濡れたとしてもすぐに乾くくらいの小雨だった。


 道にはいくつも水溜まりがある。


 レイは……降ろせないから、抱いたまま行こう。


 僕は靴が水浸しになってしまうけど、それは仕方がない。


 アンナさんは小走りで進んでいく。


 北方向へ向かうらしい。


 目的の教会は、来たことがない地区にひっそりと建っていた。


 周囲には大きな家が多い。


 いわゆる高級住宅街のような場所だろうか?


 でも、教会はシンプルな石造りでそこまで大きくはない。


 冒険者ギルドよりも小さいくらいだ。


 隣に家庭菜園をしている庭が見えた。


 アンナさんと一緒に、駆け足のまま教会へ入る。


 ……ふぅ。


 あんまり濡れずに来れたな。


 アンナさんもレイも、わざわざ風の生活魔法で乾かす必要はなさそうだ。


 教会の中はステンドグラスから取り入れられた雨天の自然光くらいで、薄暗かった。


 それにしーんとしている。


「シスターは……奥ですかね? トウヤさん、ちょっとここで待っていてもらえますか?」


「はい」


 アンナさんは教会の造りをよく知っているようで、講壇横にある扉を開け、奥へ消えていった。


 教会といえば長椅子がいくつも並べられているイメージがあったけど……ここは違うんだな。


 講壇の前は何も置かれておらず、空間が広がっているだけ。


 広いホールみたいなものだ。


 ぐるりと全体を見回す。


 天井は高い。


 その近く、この中で最も明るい光を取り入れてるステンドグラスは……何の模様だろう、あれ。


 じっと凝視する。


 すると次第に内容が理解できてきた。


 たぶん、フストの街だ。


 もしかしたら似た街なだけかもしれないけれど、背景に高台から見下ろすような角度で、市壁に囲まれた街が描かれている。


 手前の高台には木。


 その下で本を読んでいる女性がいる。


「綺麗でしょう?」


 思わず見惚れていると、突然後ろから声がした。


 ハッとして振り返る。


 そこに立っていたのは優しい雰囲気の、アンナさんと同じような修道服を着た細身のおばあさんだった。


 隣にはどこかに木箱を置いてきたのか、手ぶらになったアンナさんもいる。


 どうやら、この人が言っていたシスターのようだ。


「お邪魔してます。はじめまして、トウヤと申します」


「ふふ、はじめまして」


 優しく微笑んだシスターは僕の隣に来て、ステンドグラスを見上げる。


「主三神教の全ての教会堂に、それぞれの街を背景に描いたこのガラスがあるのよ。見るのは初めてかしら?」


「はい。何か意味が込められているんですか?」


「そうね……まずは」


 シスターはステンドグラスを指でさした。


「木や大地。あれらが世界をお創りになられた創造神ヴァロン様を表してるわ」


 そのまま視線を落とし、彼女は講壇の後ろにある神像を見る。


 あれが、創造神ヴァロン様ということなのだろう。


 長い髭を蓄えているように見える。


「次にそれぞれの街と女性が読んでいる本」


 シスターはまた視線と指先をステンドグラスに戻した。


「人々の繁栄を意味する街と彼女が手に持つ本は、学問や商売、理性を司る知性の神ネメステッド様」


 さっきと同じように示された方を見る。


 今度は教会の入り口から右手にあたる壁だった。


 中央が凹んでおり、そこにネメステッド様らしき神像が置かれている。


 ヴァロン様に比べ、小さく子供のような像だ。


「最後に、あの女性自身」


 主三神教という名の通り、3柱の神様を1つの教会で祀っているのか。


 指されたステンドグラスの女性を見る。


 白めの肌で、おっとりした印象を受ける人物だ。


「命ある者、全ての根幹とも言える生命と愛を司る――」


 シスターはさっきと反側の壁にある像に目を向ける。


 今度は女性の姿をした神像が置かれていた。


 ……ん?


 あれ、そういえば生命と愛ってどこかで聞いたような……。


「あ」


「女神レンティア様」


 僕が声を漏らすのと、シスターがそう言ったのはほぼ同時だった。


 そ、そうだ。


 ステンドグラスの女性も神像も、まったく似てないからすぐに気づけなかったけど……。


 この世界で生命と愛を担当しているのって、いつもブラックさながらの環境で忙しくしているレンティア様だった。

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