第38話 袋
僕たちは円になって敷物に腰を下ろした。
中心に置かれた籠をメアリさんが「ジャーン」と開ける。
サンドイッチだ。
中には豊富な種類のサンドイッチが、小さくカットされてぎっしりと詰められていた。
話を聞くと、メアリさんのお手製らしい。
護衛をつけるくらいの家の奥さんなのに、普通に料理とかもするんだな。
このサンドイッチ、見栄えも綺麗でめちゃくちゃ美味しそうだし。
ピクニックの軽食として完璧だと思う。
ジャックさんが革の水筒からコップに水を注いで、みんな渡してくれる。
「はい、トウヤ君」
「ありがとうございます」
僕たちはサンドイッチを摘まみながら、川を流れる水の音、木を揺らす風の音を聞きながら談笑した。
自然と話題は僕の冒険者生活について、そしてジャックさんのフィンダー商会についてになった。
その話を聞いて分かったのだが……。
やっぱり、フィンダーとはジャックさんたちの家名だったみたいだ。
元は店の名前で、それが後々家名になったとか。
薄々そうではないかと思っていたけど、確定したら確定したであんまり実感がわかないな。
この国で名字持ちってことは、超がつくほどの大商人ってことなんだけど。
多分緊張させないようにラフに接してくれているから、いつも少々立派な人くらいに思えているのだろう。
まあ、おかげで引き続き気楽に話せているんだ。
感謝しないとな。
サンドイッチがなくなると、焼き菓子を頂いた。
「……っ!」
柑橘系の香りが鼻から抜けていく。
爽やかな味わいだ。
お、美味しすぎる。
なんとこれもメアリさんの手作りだと言うから驚きだ。
僕が感動していると、ジャックさんが膝を叩いて立ち上がった。
「よし、じゃあそろそろ魔道具が使えるか試そうかな。トウヤ君も来るかい」
「ん、どこか他の場所でやるんですか?」
「そこの川でね。今回はマジックバッグだから水を入れてみたくて」
マジックバッグ……。
気になる。
なので僕もついていくことにした。
敷物から出て靴を履き、馬車に乗っていた木箱からエコバッグのような物を取り出したジャックさんの後ろをリリーと2人で続く。
テンプレだと、マジックバッグはアイテムボックスと同じような効果を持った魔法の袋といったところだろう。
「他の方たちは来ないんですね」
「付与した魔法が物にしっかり定着しているかの確認だからね。すぐそこだし、この辺りは見渡しも良くて安全だから、いつも私とリリーの2人でやってるんだ」
メアリさんや警護の方たちは来なかったので尋ねると、前を行くジャックさんがそう教えてくれた。
丘を下りきり、平坦な場所に来た。
リリーが小走りで先に行くので、僕とジャックさんも少し速度を上げる。
川の近くに来て初めて気付いたが、よく見ると魚影が見えた。
澄んだ水だもんなぁ。
生き物にとって最高の環境なんだろう。
しゃがみ込んで川に手を浸けているリリーの横まで行くと、ジャックさんがズボンの裾を捲り始めた。
「今回はマジックバッグだから危険性は低いけど、念のため私よりも上流には立たないようにね」
「上流にですか?」
「うん。もしも不具合が起きて、中に入れた水が一気に飛び出てきたら危険だ」
「わ、わかりました」
そんなこともあるんだ……。
「パパも気をつけて」
川に入っていくジャックさんにリリーが声をかける。
あんまり水深はないみたいだ。
ジャックさんは膝下までを水に浸け、川の真ん中まで行くとマジックバッグの口を広げそれを水中に入れた。
「これは……どうなの?」
いまいち成功なのかどうかわからない。
リリーに尋ねると、彼女はジャックさんの後方を指でさした。
「問題なし。水が減ってる」
「あっ、ほんとだ」
たしかに下流の水嵩が減っている。
ということは今、すごい勢いでマジックバッグの中に水が入っていってるのか。
思ったよりも容量があるんだな。
僕のアイテムボックスだったらどれくらい入るんだろう?
限界まで水を入れたことはないし、試してみたい。
そんなことを思っていると、満タンになったのかジャックさんが水中からマジックバッグを上げた。
こちらに戻ってくる。
「上手く魔法が馴染んでる。上質な物で間違いなかったよ」
「凄いですね。あんなに入るだなんて」
「まあこれは大金貨5枚はする、かなり容量が大きい物だからね」
「え?」
……だ、大金貨5枚!?
仰天だ。
そこまでするなんて、もう想像がつかないレベルだな。
収納で不具合がなかったので、取り出しも安全にできるそうだ。
なので放水は僕とリリーですることになった。
ジャバジャバジャバ……。
勢いを調整しながら水を流していると、リリーがぼそっと言った。
「トウヤのアイテムボックスもこれくらい入る?」
「……ん?」
「採取したって言っていた薬草、持ってないから」
「あ、あー……なるほどね」
何で知ってるのかと思ったが、そういうことだったのか。
バレて当然かもしれないけど、賢い子だな。
「いやっ、僕のはあんなに入らないかな?」
多分あれ以上入る、とは絶対に言えない。
あのマジックバッグが大金貨5枚もするのだから、さらに容量の大きいアイテムボックスになったら一体どれだけの価値があるのか。
恐ろしい話だ。
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