第39話 裏庭で
夕方。
ピクニックを終え、フストに戻ってきた。
ジャックさんたちとは南門で別れ、乗り合い馬車を利用してギルドに向かう。
時間帯もあり馬車の中はギュウギュウ詰めだった。
狭くて蒸し暑いし、やっぱりお尻が痛い。
予定外だったけどのんびりと楽しい1日だったな、と考えを逸らして僕は耐え忍ぶことにした。
そしてギルドに来たのだが……。
まあ、そうだよなあ。
案の定、混んでいた。
全ての受付窓口に10人前後の冒険者が列をつくり、酒場の方からはいつになく賑やかな声が聞こえてくる。
素材買取所にいたっては重装備の男たちの出入りが激しく、近づく気にすらなれない。
……うん、帰ろう。
アイテムボックスのおかげで採取した薬草は劣化しないんだし、また明日にすればいいだろう。
きびきびと働くカトラさんたちに心の中でエールを送り、僕はUターンしてギルドを後にすることにした。
太陽が市壁の向こうに沈んでいき、街が暗くなっていく。
高空亭の窓からは光が漏れていた。
食事だけをしに来たらしき3人組の客がいたので、彼らに続いて入る。
食堂は大盛況。
注文が相次ぎグランさんは忙しくしていた。
メアリさんのサンドイッチや焼き菓子をいただいたので、今は空腹で仕方がないというわけでもない。
混雑時に無理に食事する必要もないし……いったん部屋に戻るか。
フロントで鍵を貰うためグランさんの手が空くのを待っていると、奥からちょうど鍋を持ったアーズがやって来た。
「あ、トウヤ。鍵?」
「うん」
「ちょっと待って、すぐ取るから」
今から帰るところだったみたいなのに申し訳ないな。
アーズは鍋を台に置くと、僕の部屋の鍵を取って渡してくれる。
「なんか今日は帰ってくんの遅かったね。はい、これ」
「ありがとう。街の外に出てたんだけど、今日はちょっと遠出しててね」
「街の外か~。あたしは滅多に行かないなぁ」
少し羨ましそうな顔をすると、アーズは再び鍋を持ち上げた。
「お互いお疲れ様。んじゃあ、また明日!」
「うん、また明日」
そして彼女は慣れた様子で背中を使って扉を開けると、外に出て行く。
ほんと、アーズはこっちまで元気にしてくれるような子だな。
話しているといつも自然と笑顔になる。
さすがに今から短剣の練習をする気にはなれなかったので、僕は部屋で生活魔法で水を出し、それを直接アイテムボックスに入れて時間を潰すことにした。
あのマジックバッグと比べてどうなのか、試したくなったからだ。
とりあえずリリーと放水したときと同じくらいの勢いでやってみる。
ジャバジャバジャバ。
食堂がすくまでの実験のつもりだったが、結局2時間弱続けても全く満タンになる感じはしなかった。
それより……。
魔力が底をつきそうなのか、目眩がする。
「うっぷ」
き、気持ち悪い。
祠で魔法の練習を始めたばかりの頃になった以来だ。
時間が経って魔力が自然回復するまで続くから、なるべく避けたかったんだけど……。
ベッドに倒れ込み目眩が治まるのを待つ。
……。
約30分後、ようやく起き上がることができた。
食欲は失せてしまったが、せっかくお金を払っているんだしグランさんの美味しい料理を逃したくはない。
重い足取りで1階に降りる。
客入りのピークは過ぎたみたいだ。
でも、半分くらいの席はまだ埋まっている。
グランさんにお願いして、メインの肉料理を少しだけにしてもらい、僕はパンをスープに浸しながらゆっくり食べることにした。
その間にも、どんどん客が帰って行く。
そういえばこの街の人たちって家に帰るのが早いよなぁ。
まだ19時くらいなのに、空気感はもう1日の終わりって感じだ。
と言ってもその分朝も早いから、活動時間は日本にいた頃とさほど変わらないか。
食べ終わると、水浴びをしに裏庭へ行く。
アーズに聞いたが、木板の仕切りがあるとはいえ、外で水浴びをしたくない女性などのために湯を入れた桶とタオルを提供するサービスもあるらしい。
部屋でお湯につけたタオルを使い、体を拭くのだそうだ。
まあ、それは追加料金がいるみたいなので僕は利用しないが。
仕切りの方に行こうとしていると、ちょうど人影が出てくるのが見えた。
こんな時間に珍しいな。
今は夜風が吹いていて少し肌寒い。
僕は生活魔法でお湯を作れるからいいけど、井戸の水は使うとなったら冷たいだろうに。
他の宿泊客かな?
入れ違いになりそうなので、挨拶をする。
「こんばん――」
月明かりに照らされた場所に出てきたその人物の姿を見て、僕は固まった。
なんと、それが女性……それも僕の見知った人だったからだ。
「かっ、カトラさんっ!?」
「あらトウヤ君、こんばんは」
いつもお世話になっているギルドの受付嬢さん。
彼女は肩に掛けたタオルで長い髪を拭いている。
「な、なっ、なんでここに……」
思わず後ずさる。
と、その時。
高空亭の裏口が開き、グランさんが伸びをしながら出てきた。
「くぅあーっ、終わった終わった」
それを見て、カトラさんが声を掛ける。
「あっ、お父さんただいま」
「おおカトラ、今日は早かったんだな」
さも当たり前のように目の前で交わされる会話。
2人の間に立つ僕は、耳を疑った。
「……お、お父さん?」
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