第37話 ピクニック
ジャックさんたちは護衛を全部で3人つけているみたいだ。
御者台の2人に加え、馬車の中にも女性が1人いた。
彼女の隣に木箱が置かれている。
あの中に魔道具が入ってるのかな?
女性にも挨拶をして、僕は空いていた席に座った。
馬車が動き出す。
……ん?
そして、すぐに違和感を覚えた。
この馬車、全然揺れてないような……。
フストで利用している乗り合い馬車も、初めてジャックさんに出会ったときに乗せてもらった馬車も、座っているといつもお尻が痛くなる。
なのにこの馬車は、ほとんど振動がない。
凄いな。
何が違うんだろう?
僕が感動していると、向かいに座るメアリさんが話しかけてきた。
「ジャックのこと、本当にありがとうね。この人いつも無理ばかりするから……貴方がいなかったら本当にどうなっていたか……」
ジャックさんが横で、気まずそうに頬をポリポリと掻いている。
「お気になさらないでください。僕もジャックさんには、たくさんお世話になってますから」
「ふふっ、聞いてたとおり優しい子ね。私も早く会いたかったのだけど、ごめんなさい。こんなタイミングになってしまって」
ジャックさんの奥さんなだけあって優しい人だ。
美人だから若く見えるけど、きっとジャックさんや前世の僕とそれほど歳は変わらないだろう。
メアリさんは僕の手を取ると、真っ直ぐと目を見つめてくる。
「ずっとフストにいるつもりはないこと、ジャックから聞いてるわ。でも、あの街にいる間だけでも私たちを頼ってちょうだい。トウヤ君、貴方には私たちがついてるからね」
そのままの流れで抱きしめられる。
だが、決して恥ずかしいとは思わなかった。
メアリさんの温かさが伝わってきたからだ。
それから僕の緊張も解け、目的地に到着するまでみんなで会話を楽しんだ。
「さぁ、着いた。まずはピクニックの準備を始めようか」
馬車が止まったのは、さほど大きくはない川の近くだった。
のどかな自然が広がっている綺麗な場所だ。
ジャックさんの呼びかけで小高い丘の上に荷物を運んでいく。
みんな護衛の方たちとも分け隔てなく接しており、メアリさんも自ら布製の敷物を持って移動している。
ピクニックは頂上にある木の下でやるそうだ。
木陰で準備を進める。
従者の3人は気を遣ってなのか、自分たちは少し離れたところで寛ぐらしい。
メアリさんが彼らにランチボックスのような籠を渡していた。
丘の上からは川を見下ろせる。
荷運びが終わり、ジャックさん夫妻が最後にデッキチェアなどの配置を調整している間、僕は改めて景色を見渡した。
麦わら帽子を被ったリリーも隣で同じようにしている。
「いい場所だね、ここ」
「うん。……時々来るの。こうやって」
「そうなんだ。たしかに僕もまた来たくなりそう」
リリーたちのお気に入りスポットなのか。
フスト近郊とはまた違う、時間の流れを忘れてしまいそうなくらい雄大な光景だもんな。
その気持ちもわかる気がする。
「2人とも、準備終わったよー」
風に吹かれながらゆっくりと流れていく川を見ていると、ジャックさんから声がかかった。
木陰へ戻ろうとする。
しかし、その時。
「トウヤ……」
リリーの遠慮がちな声が耳に届き、足を止めた。
「どうかした?」
「…………」
答えはすぐに返ってこない。
リリーは自分自身が何を訊きたいのか、ハッキリとせず探ろうとしているみたいだ。
何度か口を開いては閉じている。
僕は急かさず、彼女の考えが言葉になるのを待つことにした。
青い空を雲が流れていく。
しばらくして、リリーはジッと僕の目を見た。
「トウヤは……いつ、フストを出て行くの?」
「あぁ……それはもうちょっと先かな? 冒険者として最初の街だから、勉強しておきたいことも結構あるし。多分1ヶ月後か2ヶ月後だと思うよ」
フストを出る前に少しはお金を貯めておきたい。
あと、できればDランクに昇格しておけると安心だ。
ゆっくりと、着実に。
元から旅に焦るつもりはない。
「わかった」
リリーは答えに満足してくれたのか、それだけ言うとジャックさんたちの下へ戻っていく。
……でも、そうだよなぁ。
街を出るってことは、フストの人たちと別れるということだ。
まあ、当然の話だけど。
僕はこれまで、なるべくそのことを考えないようにしていたのかもしれない。
これからする生活をしながらの旅は、人と出会い関係が生まれ、そして別れを繰り返すものになるのかな?
観光だけをするのとは話が違うんだし。
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