第4話 生活魔法

 あれから結構、日が経ったと思う。


 僕は本に書かれていた全ての魔法を使えるようになった。


 まあ全てと言っても、生活魔法に分類されるいくつかの魔法だけだけど。


 魔法を使用する際、大事なのはイメージと体内の魔力を注意深く感じること。


 魔力を体の外に出し、望む現象に変化させる。


 それが魔法だ。


 練度を上げるには、地道な練習をひたすら繰り返すしかない。


 時間をかけ、何度も何度も繰り返す。


 集中を乱し手を抜いては意味がないので、毎回全力で。


 トライ&エラーの連続だった。


 しかし、決して嫌な時間ではなかった。


 架空の存在だったはずの魔法を今、自分が使っている。


 その感動が僕を夢中にさせた。


 時々気分転換に祠の外に出て、草原で体を動かしたのも良かったのかもしれない。


 体に慣れるのと並行して進められたからだ。


 ……と、いうわけで。


 おかげで現在、僕はこの快適さを手に入れた。


 外での運動の後、食器棚からグラスを取る。


「『水よ』」


 空のグラスに突然、水が溜まっていく。


「『氷よ』」


 次にちゃぷんと立方体の氷が3つ。


 ゴクゴクゴク……カランッ。


 ぷはぁー。


 最高だな。


 生活魔法は長々とした詠唱が必要ない。


 そのため一言で、この便利さ。


 頑張って研鑽した甲斐があったというものだ。


 大魔法を使ってみたいという気持ちもあるけれど、元日本人の僕にはこれくらいがちょうどいいのかもしれない。


 魔物と戦ったりとかは、いまいち想像できないもんなあ。


 さて。


 食料庫からステーキ肉を取ってきて調理する。


 脂身が多くても胃もたれしない体が嬉しい。


 ライスと一緒にペロリと平らげ、少し休憩。


 仕事に追われる生活から解放され、この素敵な環境で心を癒やすように暮らしていると、生活リズムが整った。


 早寝早起きの毎日。


 うん、健康はいいことだ。


 しかしその影響で、まだ夕方だというのに瞼が重くなってきた。


 いけない。


 お風呂に入って今日はもう寝るとしよう。


 浴槽にお湯を張り、服を脱ぐ。


 そういえば、この家は全体に魔法がかかっているみたいで、日付が変わると全てがリセットされるらしい。


 使ったバスタオルやシャンプー、食器なんかは新品に戻る。


 だから楽だし物が尽きることもない。


 その上、埃なんかも溜まらないという親切設計。


 ただ……。


 食料庫にある物だけは例外のようだ。


 食品を覆っているあの透明な膜。


 あれが中にある物の劣化を防ぐ代わりに、また別の空間として家から切り離されているのだと思う。


 まあでも、まだまだ食品類には余裕があるんだけど。


 体を洗い終え、僕は大きな浴槽に身を沈めた。


 浴室の窓からは外の風景が見える。


 どういう原理なのかはわからない。


 薄暗くなった空には、2つの月。


 見るたび、ここが異世界だと理解させられた。


 …………。


 うーん。


『焦る必要はない』


 レンティア様がそう言ってくれたとはいえ、そろそろ出立を考えないとなあ。


 でも。


 試しにこの家にある物をアイテムボックスに入れようとしたら、反発して上手くいかなかったし……。


 外に生えている花は普通に入ったので、この家にある物はやっぱり特別なんだろう。


 ここを出るということはつまり、この生活に別れを告げるということ。


 スパッと手放す決意を固められない。


 だが、だからと言ってここでダラダラし続けるのも違う。


 僕自身も歴史などを軽く勉強して、早くこの世界を見てみたいという想いが強くなっている。


 じゃあ、あと1週間だけ……。


 か、もしくは2週間くらいだけ。


 もう少ししたら旅に出るとしよう。


 よし、決めたぞ。


 さすがにここに来てまだ1ヶ月は経っていないだろうし、このくらいならレンティア様も許してくれるはずだ。


 今後のことを決め、風呂から出るため立ち上がろうとしていると、いきなり脳内に声が響いた。


『いやいやっ、アンタまだそこにいたのかよ!?』


 レンティア様の声だ。


 にしても――


『もう3ヶ月も経ってんだぞ!』


 …………。


 え?


 さ、3ヶ月?

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