第68話 アヴルの年越し祭

 朝。


 目を覚ますと、しんとしていた。


 普段から他の宿泊客の朝は早いが、僕が起きたときも廊下を歩く人や、下の階で食事をしたりしている人の気配がする。


 だけど……。


 今日はなんか、人がいる感じがしない。


 もしかしてっ、寝坊した?


 体を起こして窓の外に目を向ける。


 が、日差しを見るに起床はいつも通りの時間に出来たみたいだ。


「はぁ。なんだ……」


 ほっと息を吐き、僕はベッドから抜け出して着替えを済ませた。


 眠たそうなレイに食事をあげて抱き上げ、廊下に出る。


 やっぱり、いつもより静かだな。


 階段を下り、厨房にいるグランさんに挨拶をする。


「おはようございます。今日はみなさん朝が早いんですね」


「ああ、観光客は早くに出て行ったぜ。普段から泊まってる冒険者連中は、仕事に出ず祭りに行くから昼頃まで寝てると思うがな」


「あっ、まだ眠ってましたか……」


 いつもとの違いは、そういう理由だったらしい。


 ま、この静けさも悪くはない。


 広々とした食堂でまったりと食事を済ませ、今日もコーヒーを啜ってから街に出ることにする。


「グランさん、それじゃあレイのことよろしくお願いします」


「おう、楽しんでこい。夕暮れ時にはジャックたちも集まってくるはずだからな」


 人混みになるだろうからレイを連れていくのは大変だ。


 ということで今日は、事前にグランさんの目が届く範囲でレイを待機させてもらえないか頼んでおいた。


 外に出て、集合場所へと向かう。


 目指すのは以前リリーと侍女で護衛のマヤさんが馬車を停めていた停留所だ。


 いい天気になって本当に良かったなぁ。


 晴れてはいるけど、決して暑くはない最高の祭り日和だ。


 集合時刻は朝2つ目の鐘が鳴る頃。


 いつも聞こえるから鐘の存在自体は知っていたけど、僕はどこにそれがあるのかは分からない。


 そういえば最近は、普段から正確な時間を気にして行動していなかったしな。


 いつも大体感覚で、というか。


 ……。


 あと少しで住宅街を抜けようかという所で、前に家族連れの姿が見えた。


 全員が赤ポンチョを羽織って、楽しそうに歩いている。


 そうだ、僕ももう着ておこう。


 後ろをちらっと確認してから、アイテムボックスに入れているポンチョを取り出す。


 うん、自分で作っただけあってピッタリなサイズだな。


 羽織ってから進むと、遠くから微かに音が聞こえてきた。


 なんだろう?


 その音は進むにつれて次第にハッキリとしてくる。


 どうやら、リズムよく管弦楽器が奏でられているみたいだ。


 ……。


 大通りは、ぞろぞろと大量の人で溢れかえっていた。


 老若男女問わず、みんな赤いポンチョを羽織っているのは不思議な光景だな。


 街は赤が基調とされた旗が吊されていたり、装いがいつもとは異なっている。


 奥の方では露店がずらりと並び、所々で跳ねるようなリズムで心地よい音を奏でている音楽隊の姿があった。


 凄い熱気だ。


 日本とは違う街並みにも少し慣れてきたところだったけど、今日は一段と異国情緒を感じる気がする。


 祭りの人混みを抜けて停留場へたどり着くと、見覚えがある馬車が停まっていた。


 近づくと、銀髪に映える赤い髪飾りをつけたリリーが降りてくる。


 隣にはマヤさんの姿もあった。


「久しぶり、リリー」


「久しぶり」


「マヤさんもおはようございます」


 2人とも孤児院で作った自作のポンチョを羽織っている。


 僕が会釈すると、マヤさんは一歩下がってキビキビとした動きで会釈を返してくれた。


「私はお嬢様の身辺を警護いたしますが、本日は少し後ろから見ています。お気になさらないでください」


「あ……しょ、承知しました」


 前に裁縫でテンパっているのを見てるから違和感が凄いけど、今は完全にお仕事モードな様子だ。


 思わず背筋を伸ばして、こちらも畏まってしまう。


「そうだリリー。前もって伝えられずに申し訳ないんだけど……今日、アーズも一緒に回っても良いかな?」


「うん、問題ない」


「ありがとう。多分、もうすぐ来るはずなんだけど……あっ」


 孤児院方向の道に目を向けると、赤ポンチョ姿のアーズが走ってきていた。


「来た来た」


「ごめんっ、待たせちゃって」


 僕たちの下まで来たアーズは、肩で息をしている。


「……大丈夫。時間通り」


 リリーがそう言ったかと思うと、確かに祭りの音楽の裏で薄らと鐘の音が聞こえた気がした。


「アーズ、リリーが一緒に回っても良いって」


「ほんとっ! ありがとね、リリー」


「うん」


 僕たちは早速、祭りの中心地へ行くため人混みの中に突入することにした。

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