第32話 貢物

 ああ、楽しかった。


 思ったよりもたくさんの子たちが気を許してくれて、いろんな話をできたし。


 みんな、大兄弟みたいな感じだった。


 孤児院を後にして宿に帰る。


 もう時間も遅い。


 ギルドに行くのは明日でもいいだろう。


 ガタイのいい男が多い冒険者たちが、酒場で酔っ払ってる中に進んで行けるような勇気は僕にはまだない。


 そういえば、この辺りって街灯がないよなぁ。


 中心部の大通りでは見かけたけど。


 あれって魔法で光ってるのかな?


 それこそ魔石とかを使って。


 月明かりに照らされた薄暗い道を行く。


 住宅街だから人通りも少ないため、特別治安が悪いということもない。


 安心だ。


 高空亭に帰ってきた。


 フロントで鍵を受け取っていると、グランさんに今日の仕事について尋ねられた。


「どうだった? スライムは」


「問題ありませんでした。孤児院での依頼も今日で終わって」


「そうか、良くやったな。お疲れさん」


 どこか嬉しそうな微笑み。


 なんだかこそばゆいな。


「それじゃあ、おやすみなさい」


「おうっ。ゆっくり休め」


 お客さんもいなくなり静かになった食堂を抜け、裏庭で水を浴びてから部屋に戻る。


 そうだ、と思い今日は井戸の水でではなく、生活魔法を組み合わせた温水で体を洗ってみた。


 温度調節もバッチリ。


 運動の後以外は、あれでいいかもしれない。


 着替えを済ませてベッドに入る。


 はぁー。


 やりきった、本当に。


 ……。


 目を閉じウトウトしていると、僕は次第に眠りの中に落ちていった。


 そして。


 真っ白な空間。


「……ん?」


「おー来た来た。アンタ、この間まで祠でダラけてたと思ったら、急に街に馴染んでるな」


「あれっ、れ、レンティア様っ!?」


 まさか僕、死んだ?


 心臓発作とか、ベッドから落ちて頭を強打したとか。


 ここ、転生する時に来た場所だ。


 目の前には見覚えのある褐色の女神様。


 僕が動揺していると、レンティア様が指を鳴らした。


「まあ落ち着け。いろいろと説明するからさ、とにかく座るぞ」


 くいっと親指で示された方を見る。


 さっきまで何もなかったはずなのに……。


 シンプルなデザインの机と椅子、紅茶とクッキーが現れていた。


 あのクッキー、僕が祠生活で気に入ってたやつだ。


 レンティア様と同じように椅子に座って、話を聞く。


 …………。


「なるほど、ここは僕の夢の中なんですね」


「ああ」


 何やらレンティア様の力で夢の中に空間を創り出したとかなんとか。


 良かったぁ。


 2度目の死じゃなくて。


「仕事が終わったから、今日アンタが働いているとこを覗かせてもらってたんだけどね。邪魔するのも悪いからさ、ここで面と向かって教えたいこともあった都合で話しかけずにいたんだよ」


「あ、お仕事お疲れ様です。まったく気付かないものですね、観察されている側は」


 ちなみにこの空間では、脳内に語りかけられた時のように心の声が届くことはないそうだ。


「それで、その教えいただけることとは……?」


「貢物の送り方だ。方法自体は単純だが、アタシの存在を強く意識して上手くラインを繋げないといけなくてね。今からここで練習してもらいたい」


 お、ついに教えてもらえる時が来たのか。


「わかりました。では早速」


「ああ。それじゃあ、えー……そのクッキーを手に持って、目を閉じてくれ」


「はい」


 言われた通りにする。


「そしてアタシの姿を思い浮かべるんだ。心の中で『届け』とか『捧げる』なんて念じながらね。まあ、数時間は練習しないと……って、いっ、いきなり成功!?」


 手からクッキーが消える感覚がした。


 目を開けるとレンティア様の方にさっきのクッキーが移動していた。


「できましたね……」


「こ、これはさすがに驚かされたよ。アンタがまさか、ここまでアタシの神性に適合する優秀な使徒だったなんてね」


 やった、褒められた。


 祠での怠惰っぷりといい、迷惑ばかりかけていた気がするからな。


 これは嬉しい。


「じゃあ、これで貢物を頼めるかい? アタシは基本、旨いもんと酒なんかを送ってもらいたいんだが、まあ気になる物があったら随時別に伝えるよ」


「わかりました。……そうだ、起きたらまず最初に試しで串焼きを送ってみますね。美味しいので、気に入ってもらえるかと」


「おお、串焼きか! 下界の料理は欲を満たす物が多いからね、楽しみにしてるよ。どんな串焼きなんだい?」


「あー……それは、お楽しみと言うことで……」


 神様たちは気にしないのかもしれないけど、やっぱり言いづらい。


 貢物を送るための練習が思いのほか早く終わったので、いくつか近況報告をしてからレンティア様と別れることになった。


 朝。


 起床し、支度をする。


 ギルドに行く前に森オーク焼きを購入して、人目につかない所で瞼を閉じ、レンティア様のことを思い浮かべた。


 むむむ……。


 届けと念じると、ビュンっと消える串焼き。


 今か今かと待ちわびていたのか、反応はすぐにあった。


『おおっ、旨い!』


 何肉かはどうでもいいのかな。


 まあ、とりあえず喜んでもらえたみたいで良かった。

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