第44話 無力化
全力疾走で逃げてみる。
でも、撒けなかった。
この犬……足が速い。
振り返ったら当たり前のようにそこにいる。
駆け寄ってきたり、特別僕を気に入ったといった感じは出さないのに。
困ったなぁ。
視線で訴えかけても顔を逸らすし。
「恩を感じてついてきてるんだったら、もういい──……はぁ、ダメか」
チラッとこっちを見ただけで、またそっぽを向かれてしまった。
で、結局振り切ることができないままフスト近郊まで戻ってきた。
これ以上時間を無駄にはできない。
勉強に短剣の練習もあるんだ。
半ば諦めて街を目指す。
いつも薬草を採取しているポイントを通過したとき、ふと気がついた。
このまま街に入ろうとしたら、相変わらず後ろにいるこの犬はどうなるんだろう?
さすがに、魔物がそのまま街に入れはしない。
誰かに倒されかねないから、逃げていってくれるのかな。
あ、そういえば。
たしか冒険者ギルドには従魔登録という制度があったはずだ。
フストでは見かけたことがないけど、冒険者が多い街ではテイマーと呼ばれる従魔連れの人もいるらしい。
だからと言って、この犬を僕の従魔にできないか試みる気はないけど。
なんたってリスクが大きすぎる。
相棒ができるのだったら、宿や食事の面でも問題が発生してしまう。
今の僕にそんな余裕はない。
フスト南西にある森の近くに来ると、遠目にちらほらと冒険者の姿が見えてきた。
犬は未だに後をついてきている。
しかし。
あれ、急に止まった?
ある場所で足を止めると、それ以上こっち来ようとはしなかった。
ただ、僕のことを見つめている。
今の状態であそこより街に近づくのは危険と判断したのかな。
まあ、良かった良かった。
これでお別れできる。
「元気に生きるんだぞ」
最後にそう言って、僕は足早に去ることにする。
100mほど歩いて振り返ると、犬はまだ1歩も動かずにいた。
もうどこかに行ったと思ったんだけどなあ。
あの姿を見ると、こっちが悪いことをしているような気になってくる。
……いやいや、ダメだ。
いくら特殊な魔物だと分かってはいても、そう易々と従魔化を検討したりはできない。
心を鬼にして背を向ける。
そして50mくらい歩き、また振り返ってしまう。
犬はまだいた。
……。
再度10m進み、振り返る。
やっぱりいた。
…………。
あー。
まっ、とにかく一応従魔化についての知識だけ入れてこよう。
ついでにグランさんに高空亭への従魔の連れ込みが可能かも訊いて。
ダメだったら諦める。
宿を変えてまで犬を連れる気はない。
大体、あの犬が僕のことをどう思っているのかもいまいち分からないんだし。
なるべく早くそれらを終えて、また南門に戻ってこよう。
その時、犬がいなくなっていたらそれはそれだ。
べ、別に少し気が向いただけで、心を惹かれたわけでは決してない。
急いでギルドに戻り、薬草を売ってから資料室でカトラさんに従魔化に関する書物を見せてもらうことにした。
どうやら、従魔化する以外にも魔物を街に連れて入る方法があったらしい。
それが『無力化』だ。
魔法の1つで、本来は従魔などを街で飼いやすくするためのものだそうだ。
が、これは従魔化していなかったとしても、魔物側が承認さえすれば使うことができるんだとか。
だったら焦ってあの犬を従魔にする必要はない。
1度街に入れられるかトライするだけだ。
従魔化という、今後長きに渡ることは追い追い検討するとして、今は無力化の使い方だけを頭に入れ、次は高空亭へ向かう。
ちなみにカトラさんには事情を説明して今日の勉強はなしにしてもらった。
昼休憩中だったグランさんに話を聞くと、「他の客に迷惑をかけないんだったら部屋に連れ込んでも良いぞ」とあっさり許可を得ることが出来た。
どうも、時々従魔連れの宿泊客もいるそうだ。
ただ、無力化を解くのは禁止。
何か破損してしまった際は修繕費用は支払う、というルールは守るようにとのことだった。
グランさん、僕なんかよりも従魔化について断然詳しい様子だったなぁ。
冒険者も相手にする仕事だからだろうか?
……。
南門に戻ってきた。
1時間以上経ってしまったから、もういないかもしれない。
と思いながら犬が止まった地点へ向かうと、近く草むらのなかで丸くなって待っていた。
「まだいたのか」
慎重に手を伸ばし、撫でてみる。
こ、これがいわゆる……モフモフか。
撫でても嫌がる様子はない。
あとは無力化を受け入れてくれるかどうかだな。
正式に従魔になるわけではないのだから、とりあえずやるだけやってみよう。
魔力を操作して何度か試してみる。
すると、ほんの5分ほどで成功した。
詠唱してから犬に手をかざし、呟く。
「『無力化』」
ライオンくらいの大きさだった犬が、どんどんと小さくなり、抱きかかえられるぬいぐるみサイズになった。
うーん、これは……。
気高さを失い、可愛らしさを得た感じだな。
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