第5話 自堕落
「お久しぶりです」
とりあえず声に出してみる。
これで会話できるのかな?
どこを見て話せば良いかわからないけど、何となく視線は斜め上に向けてみる。
『ああ久しぶりだな。しっかし3ヶ月だぞ、3ヶ月! 天界に比べそっちは時の流れが速いから、そろそろ近くの街に到着して、この世界に馴染み始めた頃合いかと思ってたんだけどさ!』
「す、すみません」
『まったく。仕事を終えて久しぶりに見てみたら、まだスタート地点にいるとはね。まあ別に謝らなくてもいいんだけどさ? さ!?』
まさかそんなに時間が経ってたなんて……。
でも、言われてみると確かに。
生活魔法をマスターするまでは時間を忘れるほど練習に熱中してたし、さらに最近は自堕落な日々を送ってたもんなあ。
『はあ!? ってあれ? ……うおっ! アンタ、なんで生活魔法にそんな磨きがかかってるんだよ!』
あれ、声に出さなくても聞こえてるんですか?
『どっちも聞こえてるよ。で、どうして生活魔法をそこまで練習したんだ。……ちっ、アタシが魂の漂白作業で忙しくしてるってのに、使徒のアンタは気持ちよさそうに風呂に入って』
「うえっ? こ、声だけじゃなくて姿まで見えてるんですか!? ちょっ、裸なのにっ」
『子供の体なんだから恥ずかしいも何もないだろ。まだ毛も生えてないじゃないか? ツルツルの癖に一丁前に恥ずかしがって』
「ああもう! 今後、しっかりとプライバシーの保護だけはお願いできないですか!?」
お風呂まで覗かれてるとなると気が休まらない。
仕事の疲れからか、セクハラ気味な女神様だな。
『セクハラって……わかったわかった。人間の感覚を鑑みて、少しは配慮すべきだったね。すまないよ。今後は状況を選んで音声だけにするからさ』
……じゃあ、それでよろしくお願いします。
隠したいところを手で隠し、鼻の下までお湯に浸かった僕は口からブクブクと息を吐く。
「ぷはっ。もう、音声だけになりました?」
『なったよ。それで、なんで生活魔法を極めてるんだい。アタシとしてはある程度使えるようになったら、2週間くらいでそこを出るだろうっていう想定でいたんだけどさ』
「え?」
…………あ。
そ、そうか。
旅をしながら魔法の練度を上げても良かったのか。
『ま、まさか。思いもしなかったって!?』
「えっと……す、すみません。魔法が楽しかったのと、やればやるほど上達するのが嬉しくて、つい。あと、ここの環境が快適すぎて……」
『おいおい、なんだよ。早く街に出て旨いもんを送ってくれ! アタシ、結構楽しみにしてるんだぞ?』
「それが本音ですか……」
敬う気持ちを忘れてはいない。
だけどなんか、一気に距離が近くなったような気がする。
『別にアタシたちの距離感は聞いてないだろ! ったく……いい生活環境と魔法のセンスを与えたことがこんな結果に繋がるとはね』
「あ、あはは……」
仰る通り過ぎる。
仕事もなく、努力すれば確実に成長する魔法技術。
突然、楽しい長期休暇を得たような気でいた。
しかし。
それでも3ヶ月は長い休暇にも程があるだろ。
旅をしたいのに、つい家でダラけてしまう。
これじゃ日本にいたころと同じだ。
何もできないまま、気付いたら時間だけが経っていく。
心の底では旅に出たい、色々な景色を見たい。
様々な文化、料理を楽しみたいと思っているのに。
よし、決めたぞ。
「……明日にでも、ここを出ようと思います」
『お! なんだ、随分といきなりじゃないか』
「思い切って出発しないと、僕の旅はなかなか始まらなさそうなので」
『なるほど……そうかい。じゃあ遂にだな。わかってるとは思うが、そこの物は外に持って行けないからね。その代わりに出立の心づもりで外に出ると、いくらか金なんかも届く段取りになってる」
そんなサポートまで……。
『っと、聞きたいことは聞けたし、アタシは失礼するよ。まだ仕事が残ってるんでね。じゃ、また!』
やっぱりレンティア様はお忙しいらしい。
その言葉を最後に、ぷつりと声は聞こえなくなった。
もしかして、天界ってブラックなのかな……?
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