第75話 退職日
外套が完成した2日後。
今日、カトラさんはギルドを退職した。
思ったよりも早かったけど、人手が充分に足りていたから面倒にならずに済んだそうだ。
午前は最後に依頼をさばく受付嬢の仕事を手伝い、それから他の職員たちへの挨拶をしたらしい。
僕はレイの無力化を解いて自由に運動させてあげるために、朝から街の外へ出ていた。
薬草を採取。
レイが獲ってきたホーンラビットを解体。
習慣化した行動を1つ1つ丁寧に行う。
天候に問題がなければ、あと1週間くらいでフストを出発するつもりだ。
今後のため、稼げるときに稼いでおきたいところだけど……。
今日からは準備に専念することになっている。
カトラさんも時間が出来るので、2人で必要な物を買って集めようということになったのだ。
だから、たぶん今日が最後。
慣れた動きでホーンラビットの下処理を終え、一部の肉を焼いてレイに上げる。
そしてギルドに戻り、ルーダンさんに買取をしてもらった。
その際「帰ってきたらカトラと一緒に顔でも出せ。土産話、楽しみにしてるぜ」と声をかけられた。
どうやらカトラさんから話を聞いていたようだ。
「はい、必ず。ルーダンさんもお元気で。お世話になりました」
「おう、またな」
元冒険者なりの軽い別れ方だった。
でも、決して薄情さを感じたりはしない。
優しくて、温かみを感じる。
今まで経験したことのない不思議な価値観に触れたような気がした。
ギルドの外で待っていると、少し遅れてカトラさんが出てくる。
「お待たせ。じゃあ行きましょうか」
彼女はもうギルドの制服を着ていない。
退職したてホヤホヤのカトラさんは私服姿。
手には1つ、小さめの花束を持っている。
昨日、高空亭にジャックさんからの伝言を伝えに使いの方がやってきた。
『以前パーティーで話に出た、馬車一式を上げたいから時間があるときに家に来てくれ』とのことだった。
なので僕とカトラさんは時間を合わせ、さっそく翌日である今日に伺うとお返事したのだ。
カトラさんはジャックさん宅を訪れたことがあるらしい。
道案内をしてもらいながら言葉を交わす。
「……じゃあ、カトラさんがいなくなることを他の冒険者は知らないんですか?」
「そうね。冒険者時代も、元から他とはあまり親交がなかったから。ギルド長と受付嬢仲間。それとルーダンさんと……あと、お世話になった酒場のマスターに挨拶したくらいね」
一年間の受付嬢生活でも、特に冒険者たちと親しくなることはなかったんだそうだ。
混雑時にカトラさんの列に並ぶ人数だとか、周りからの視線から察するに、かなり人気の受付嬢だったみたいなのになぁ。
と思っていたら、カトラさんは「変に冒険者連中に絡まれると最悪よ? 普段から食事に誘われるばかりで。いなくなるときは無言が一番ね」と続けた。
も、もしかして……。
それも職員である中で、ストレスの1つだったりしたのかな?
僕が冒険者として、ここまでカトラさんに目をかけてもらえたのは幸運だったとしか言いようがない。
見た目が子供で、無知にもほどがあったこと。
ジャックさんと出会ったこと。
そのことでカトラさんに紹介してもらい、さらにグランさんの宿に泊まることになったこと。
様々なことが重なり合い、ここまで仲良くなれたのかもしれない。
まだ若いのに大人を感じさせる美しい女性だし、本来は冒険者たちの高嶺の花的な存在だったのだろうか。
「あ。そ、そういえばっ。幼馴染みの方とはしっかりお話しできましたか?」
空気と一緒に話題を変えてみる。
「ええ。私が新人冒険者の子の旅に同行するって言ったら、あの子ったら驚いてたわ。質問攻めに遭った後、自分のことのように喜んでくれて」
僕が孤児院を訪れた日の夜、カトラさんはかつて冒険者としての相棒で、怪我を負い引退した幼馴染みの家に行っていた。
冒険者への復帰と、旅に出ることを報告するためにだ。
「……良かったです。たしか、今は実家で裁縫師をされているんですよね?」
「そうそう。それで馬車で街を出ると伝えたら、毛布にクッション、いろんな物を持たせてあげるって言われちゃって。明日、受け取ってくるわね」
「毛布にクッションですか!」
馬車内の快適さを上げるために必要な出費を抑えられる。
有り難い話だなと思っていると、カトラさんが足を止めた。
「着いたわ」
「ん、ここですか――ってええぇっ?」
カトラさんに示され、目を向けた先にあった光景を見て僕は口をポカンと開けてしまう。
ジャックさんたちの家が高級住宅街であるフストの北地区にあるのは、別に驚くようなことではない。
だけど……いや、これ。
見上げるほどに大きい鉄門。
その奥に見える庭園に、巨大な屋敷。
周囲のどの家よりも壮観だ。
こ、これがジャックさんたちの家なのか。
恐るべし……フィンダー商会……。
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