第62話 冒険者の親
時刻は昼時。
いつもは宿に戻り、グランさんの手が空いている時は短剣の素振りを見てもらいアドバイスをもらったりしている。
だけど今日は、食堂に行ってカトラさんが冒険者に戻ることを伝えに来た。
受付嬢から冒険者に戻り、僕の旅に同行すると。
カトラさんとグランさんは今、食堂の端の席で向かい合って話している。
「……だから私も冒険者に戻って、トウヤ君についていこうと思うわ」
「そうか……」
まずは親子2人だけで、とお願いされた。
あとで僕もグランさんと話すことになるはずだ。
なので2人がいる席から一番遠い、対極に位置する端の席で話が終わるのを待っている。
食堂はそこまで広くない。
その上、今は静かだ。
だからほとんどの会話が普通に聞こえるが、話を聞くグランさんも落ち着いた様子で、特に声が大きくなるような場面もなかった。
カトラさんに悩みがあることも知っていただろう。
親としていつかこんな時がくると分かっていたのかもしれない。
嬉しそうな顔を……。
いや、やっぱり寂しそうな気がする。
「帰ってくる気は、あるのか?」
「私はそのつもりよ。話はこれから詰めるから、どうなるかはわからないけど。トウヤ君の旅についていくわけだから、もちろん彼の行きたい場所を優先するわ」
「なるほどな…………わかった。お前がいた方が坊主の心配もしなくていいしな。行ってこい、カトラ。お前の人生だ」
「……うん。ありがとう、お父さん」
カトラさんがどこまで旅を共にするつもりなのかはわからない。
1年か2年か。
それとも、もっと長くなのか。
フストを出た後の旅路は明日、ギルドの資料室にある地図を見ながら話し合うことになっている。
手軽な通信機器もなさそうな世界で、各地を巡る冒険者という生き方を選んだ娘。
それはかつての自分と同じで。
グランさんは一体、どんな想いなのだろう?
今生の別れに等しいのか。
思いのほかあっさりした感覚なのか。
価値観の異なる日本育ちの僕には、何となく想像するのが限界だった。
「んじゃあ、坊主」
「……はいっ」
2人をぼんやり見ていると、グランさんが席を立ってこっちに来た。
僕も立ち上がろうとするが、その前に大きな手を頭に置かれる。
見上げるとグランさんは気恥ずかしそうに視線を外した。
「お前さんだったら心配はいらねえだろうが、守られるだけの存在にはなるな」
手を下ろし、彼はそのまま厨房に入っていく。
「カトラを頼んだ。冒険者仲間っつうのは、互いに守り合うもんだからよ」
カトラさんはこれから薬草採取に向かうらしい。
「休みの内にしておきたいのよ。いきなり持ち込んでも、ルーダンさんに手続きしてもらえば色々と察して内密にしておいてくれると思うわ」
家にあるギルド証を取ってから街の外へ行くと、カトラさんはツカツカと早足に去って行った。
で、僕は食堂に1人残されてしまったわけだけど……。
何かと早く終わってしまったばかりに、暇になっちゃったな。
机の下を覗くと、伏せていたレイと目が合った。
フェンリルとBランク冒険者と一緒に旅かぁ。
神域を出たときは思いもしなかったな。
いつかは旅の仲間が増えるかも?
なんて想像をしたこともあったけど、まさかこんなに早い話だなんて。
知らない街に来て、ここまで知り合いができるとも思わなかったし。
本当に恵まれてるな。
使徒だからなのか……。
最近のレイとの出会いなんかは、ジャックさんに貰った幸運の指輪効果なのか。
半透明の指輪を触っていると、すぐ後ろにある階段から足音がした。
どうやら2階の客室掃除を終えたアーズが降りてきたところのようだ。
「あ、トウヤ! ちょっと待ってて。えっとね……」
「……?」
彼女は僕に気付くと、すぐに厨房へ入っていく。
「あったあった」
そして、何かを持って出てきた。
「はい、これ」
「ん? なにこれ?」
「なんかアンナちゃんが渡してだってさ」
アンナさん……。
教会での一件以来会ってないし、名前を聞くだけでそわそわしてしまうな。
片手に収まるサイズのその小さな袋をアーズから受け取り、中を見てみる。
「……クッキー?」
入っていたのは、手作りっぽいクッキー数枚だった。
アーズも中を覗き、眉根を寄せている。
「ほんとだ。でも、なんで?」
「あっ、アーズ。アンナさんから何も聞いてないよね?」
「うん。……何かあったの?」
「いや、べ、別になにもないけど」
良かった。
このクッキーがどういうつもりなのかは分からないけど、教会でのことは本当に誰かに話したりしていないようだ。
もしかしてっ、このクッキーに何か隠されたメッセージが?
いや、あの尊敬されたような眼差し的に、お布施か何かのつもりなんだろうか……。
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