第59話 誤魔化す

 2人に詰め寄られる。


 何しろ10歳の子供が、本来は長期間強く祈り続けた者だけが辿り着ける境地に至ったのだ。


 それはもう目を疑ったことだろう。


 アンナさんは興奮し、シスターは困惑している。


 えーっと、この状況を脱せられる方法があるとすれば……。



 その1。


 自分がレンティア様の使徒だと自白する。


 そうしたら特別な立場であることもあり、今の現象を理解してもらえるはずだ。


 ただし、いくら口止めをしたとしてもリスクがありすぎる。


 噂が広がって、さらにおおごとになるかもしれない。



 その2。


 完全な嘘で誤魔化す。


 たとえば何らかの……。


 うん、これはダメだな。


 情けない話だが、良い嘘が全く浮かばない。



 その3。


 曖昧にして流す。



 …………よし。


 その3でいこう。


 これなら、まだ一縷の望みがある。


 と言うわけで、全てを曖昧にして流してみた。


 言うに言えない事情がある感じで、あやふやに答える。


 とにかく、他の人には言いふらさないでほしいと念押しをして。


 2人とも絶対に腑に落ちてはいないようだったが、ある意味で神様に謁見することができた僕を尊敬してくれているのか、それ以上無理に問い詰めてくることはなかった。


 ここまで来たら、僕に出来ることはもう何もない。


 アンナさんとシスターを信じるだけだ。


 困った状況になったけど、どうか平穏が続きますように。


 冒険者としての学習ペースだとか、貯金だとか、今のところ何となく予定しているフスト出立の日が早まらなければそれでいい。


 逃げるように街を去るのだけは勘弁だ。



 教会では明日、明後日とバザーを開き、そこでリリーたちが作ったポンチョを販売するらしい。


 庭や表で商品を売るため、最後に僕たちは外に運び出しやすい場所に物を移動させる手伝いをすることになった。


 この空模様だと、明日には晴れるとシスターが言っていた。


 シスターは腰を痛めているため、元々は収納している物を運ぶためにステンドグラスを見ていた僕を呼びに来たんだそうだ。


 それがまさか、あんなことになるだなんて……。


 はぁ。


 アンナさんは今日持ってきたポンチョを入れた木箱を、僕は同じ場所に置かれていた瓶が詰められた箱を移動させることになった。


 僕が箱を持ち上げようとしていると、後ろで2人がこそこそと何か話していることに気がついた。


「……シスターっ。絶っっっ対にトウヤさん、大司教様の隠し子だったりすると思いませんかっ?」


「アンナ、そういうことは言わないの。気になるかもしれないけど、あまり詮索するのは良くないわ」


「で、でも。まさか、大司教様でもなく先代の聖女様の血を受け継いでいて……お家騒動でっ!? 神都から放浪の旅に出てきたのでしょうかっ。年齢的には現聖女様の弟様ですかね!?」


 聞き耳を立てるつもりはなかったが、つい耳を澄ましてしまった。


 アンナさん、噂好きの学生みたいなテンションだなぁ……。


 他の誰にも話せないから、シスターに全てをぶつけているといった感じだ。


 目を輝かせながら斜め上を見ている。


「アンナ……?」


「……っは! す、すみませんっ」


 そんな彼女に、シスターは眉を顰め釘を刺してくれている。


 この様子を見る限り、もしかしたら大丈夫かもしれない。


 シスターはしっかりした人だと思うし、アンナさんも普段はあの人数の子供たちを育てている人なのだから。


 別にこれくらいで不安にならなくてもいいだろう。


 まだ若いんだし、こういうこともあるかくらいの話だ。


 それと、神都……聖女様……。


 気になるワードも聞けたから、勉強中にカトラさんに教えてもらうとして、今のは聞こえなかったことにしておこう。


「シスター。あの、これは?」


 2人の話が終わったようなので、緑色の瓶の中身が気になったこともあり尋ねてみた。


 アンナさんは慌てて口を一文字に結んで、何もなかったとばかりに目を逸らしている。


「ナツルメ草で作ったポーションよ。薬師の方の物に比べたら質は落ちるけど、うちでも作っているの」


「へぇ-、これがナツルメ草の……」


 僕がいつも採っている薬草が、こんな風にポーションになるのかぁ。


 飲み薬ってところかな?


 荷運びを終えると小雨程度だったので、僕とアンナさんは帰路につくことになった。


 道の途中でアンナさんと別れ、姿が見えなくなった辺りで足を止める。


「ふぅ」


 な、なんとかなったから良かったけど……。


 いやー危なかった。


 正直、レイがフェンリルだったとか、そういう衝撃が薄れてしまったくらいだ。

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