第19話 肉

 宿を出て大きな広場にある市場にやってきた。


 この辺りはまだ来たことがなかったな。


 露店が密集していて、狭い道がぐねぐねと続いている。


 見たことがない野菜が山積みにされている店。


 肉塊が紐に吊されている店。


 海外の市場に来たみたいでテンションが上がる。


 海外どころか、ここ異世界だけど。


 先頭を進むリリーの後ろに続いて歩く。


「凄い賑わいですね」


「フストでメインとなる2つの市場の片方だからね」


 僕が店を覗きながら話しかけると、ジャックさんがこの市場の詳細を教えてくれた。


「小さな規模のものは他にもいくつかあるんだけど、店数や人の出入りはこの2つがダントツさ」


「ジャックさんたちも普段から来られるんですか?」


「うーん。私たちは食材を買うというより、屋台も出ているからそこを楽しんだりが多いね。ほら、リリーが今日も」


 前を指でさされたので顔を向ける。


 するとリリーがとある屋台の前で足を止めて僕たちを待っていた。


 風が吹き、野菜などの青っぽい匂いが流れていく。


 代わりにやってきたのは記憶にある香り。


 ……あれ。


 これ、何の香りだっけ?


 あ。


 僕はリリーに追いつくと同時に思い出した。


「パパ、これ食べよ」


「うん。トウヤ君も食べるかい?」


 それは昨日、服を買った帰りに食べた串焼きだった。


 お店は違うけど味付けも同じっぽい。


 香草がまぶされた肉串だ。


「あ、じゃあ……」


「いいよいいよ。今日は私たちが誘ったのだし、一日おもてなしをさせてくれ」


 僕が硬貨を取り出そうとすると、ジャックさんがスマートに3人分の支払いを行ってくれる。


「はい、2人とも」


「ありがとうございます」


「ありがと」


 自分の分の串を受け取って齧り付く。


 うん。


 やっぱりこれ、美味しいな。


 リリーは嬉しそうに黙々と食べている。


 そういえば。


「これって何の肉なんですか? 豚に似てますけど、それにしては少し淡泊な気が……」


 僕はジャックさんに尋ねたつもりだったが、ちょうど肉を口にしたところだったみたいだ。


 代わりにゴクリと口の中の物を飲み込んだリリーが答えてくれる。


「森オークのお肉」


「え?」


 …………。


「も、森オーク?」


「うん。森オーク」


「オークって、あのオークのことだよね?」


「うん」


「いやっ、それって魔物じゃ」


 思わず、うげーっと顔をしかめそうになった。


 だけど味を思い出して、なんだかどうでも良くなる。


 まあ普通に美味しいし。


 これも食文化の違いってことになるのかな?


 たしかに生きてるオークを見たら食べられなくなるかもしれないが。


 リリーはすでにモグモグと幸せそうに次の一口にいっている。


 僕もそれを見習い、再びガブリと肉に齧り付いた。


「森オークはフストの南西の森に多く生息していてね。よく獲れるから、昔からこの地域の特産なんだ。だから街中に森オーク焼きの屋台があって」


 ジャックさんが情報を深掘りしてくれる。


 なるほど……。


 こういう背景も知れると面白いなあ。


 地球とは違うこの世界の人々も、歴史の中でそれぞれの文化を築いて生活してるんだもんな。


「いい特産品ですね」


「気に入ってくれて嬉しいよ。この地域出身の私たちにとってはソウルフードってやつだからね」


 ジャックさんの微笑みが、いつもより茶目っ気のある子供みたいに見えた。



 それからフストの中心部を目指しながら、広場や店が並ぶいくつかのエリアを巡る。


 途中、大きな馬車の停留所の近くを通ったので、もしかしてと思い覗いてみるとアーズの姿があった。


 言っていたとおり、次々と来るお客さん。


 携帯する弁当を買うため列ができている。


 アーズ、めちゃくちゃ忙しそうだな。


 それと同じくらい楽しそうにしてるけど。


 迷惑になったら良くないので、僕たちは声をかけずに次の場所へ行くことにした。



 フストの中央。


 一般的な住宅も見なくなった辺りで、ジャックさんから自分たちの商会に来てみないかと誘われた。


「トウヤ君にぜひ渡したい物もあるんだが、どうだい?」


 ここから近い場所に店を構えているらしい。


 というわけで、ジャックさんたちの商会へ行くことにした。


 リリーの先導でさらに中心街を進む。


 街のイメージとしては百貨店の近くみたいな感じだな。


 もちろん建物1つ1つの大きさは、地球基準で考えると見劣りするけど。


 しばらくするとリリーが足を止めた。


「ここがうちの店」


 お、着いたみたいだ。


 彼女が示す建物を見る。


 ……え。


「こ、これ?」


「うん」


 頷くリリー。


 えーっと……どうしよう。


 僕がその、近辺で最も大きい店を見上げ呆然としていると、ジャックさんが紹介してくれた。


「ようこそ。我がフィンダー商会へ」


 う、嘘だろ?


 まったく気づかなかったけど……。


 この人、めちゃくちゃ大商人だったんだ。

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