第57話 祈り

「どうかしたかしら?」


「あっ、いえ……」


 変なリアクションをしちゃったな。


 シスターに尋ねられ、誤魔化そうとしていると後ろにいたアンナさんが間に入ってきた。


「トウヤさん、もしかして……っ!」


 ぐいっと距離を詰め、腰を曲げて顔を近づけられる。


「な、なんですか?」


 声を弾ませていて嫌な予感しかしない。


 もしかして、何か感づかれた?


 不安がよぎるが、顔には出ないように気をつける。


「今の反応を見て私、ピンときちゃいましたっ。トウヤさんって――」


 アンナさんは嬉々とした表情で続ける。


 よ、よし。


 ここは自然体だ、自然体。


 あの程度の反応で核心をつかれるとは思えない。


 落ち着いて答えさえすれば大事にはならないはず。


 ポーカーフェイスでアンナさんと目を合わせる。


「やはり、レンティア様を信仰されているんですかっ?」


「……え?」


「私、以前から思っていたんです! とてもしっかりされていて、優しくて、周りの人たちに接するときに愛を感じる方なので。主三神教の『生命と愛の教え』を守られているのかなって。あっ、でもステンドグラスを見たことはなかったから……」


「そ、そう。実はそうなんですよ! 主三神教徒ではありませんが、レンティア様を知り信仰していまして」


 話題を長引かせないようにスパッと認める。


 アンナさんはふむふむと頷き、得意げな表情をした。


「なるほどっ。では私の予想は見事的中ですね!」


 ……うん、嘘は言っていない。


 レンティア様を信仰しているのは事実だ。


 まあアンナさんは僕が、主三神教にある『生命と愛の教え』とやらを守っていると思ったらしいが。


 それは知らなかったなぁ。


 単純に、ご本人と会って感謝してるって話だ。


 アンナさんはルンルン気分だから問題ないだろうけど、返答に違和感がなかったか確認するため、シスターを一瞥して様子を窺う。


 シスターは微笑んで、レンティア様の神像を見た。


「入信し教徒にならなくとも、同じ神を信じる者の1人として貴方を歓迎するわ。レンティア様だけでも、ぜひ祈っていってちょうだい」


「ありがとうございます」


 寛容な方だな。


 他にも2柱の神様の像があるのに、無理に頭を下げさせることはせず、僕が信仰していると言ったレンティア様だけでも良いからと仰ってくれるだなんて。


 今、祈ってもいいようなので神像の下へ行く。


 僕が知っているレンティア様とは似ても似つかない女神像。


 感覚的には手を合わせたいところだけど、今はレイを抱えている。


 一瞬とはいえ、さすがに室内で床に降ろすのは気が引けるしな。


 アンナさんに預け……なくても別にいいか。


 一番大切な、祈る気持ちはしっかりとあるのだ。


 なのでレイを抱いたまま、神像の前で目を閉じる。


 日頃からしているレンティア様への感謝。


 それを一心に込め、祈る。


 ……すると。


 瞼の向こうから眩い光を感じた。


 全身を包み込むような暖かさもある。


 外で降っている微かな雨音を掻き消すように、背後で同時に上がるシスターとアンナさんの声。


「なんっ!?」


「えぇっ!?」


 一体、何が起こってるんだろう?


 気になって目を開けると、僕は知らない場所に立っていた。


「…………あれ?」


 360度に顔を向けて確かめる。


 シスターやアンナさんの姿はない。


 ほんのついさっきまでいたはずなのに……。


 ただ、腕の中には変わらずレイがいた。


 目をパチパチさせながら僕と同じように落ちつきなく辺りを見回している。


 どうやらここは、光が降り注ぐ神殿のような場所みたいだ。


 転移?


 ファンタジーな出来事に遭ったが、今回ばかりは興奮していられない。


 困惑が勝る。


 ど、どうしたらいいんだろう?


 とりあえず歩き回って教会へ戻る方法がないか探してみようと思っていると、前方から光が差した。


 反射で目を細める。


 十数段ある階段の先、祭壇のような所に人影があった。


 差してきた光は、まるでその人物から発せられた後光のようだ。


 その時、空間全体に声が響いた。


「汝……」


「あのー。もしかしてレンティア様ですか?」


「ん?」


 口調はいつもと違い柔らかくふんわりしたものだったけど、声質が明らかにレンティア様のものだった。


 最後の「ん?」なんていつもの感じだ。


 何か話が始まりそうだったので失礼は承知で先に尋ねさせてもらうと、パチンッと指を鳴らす音が聞こえた。


 後光が消え、祭壇にいる人物の姿が露わになる。


 ……やっぱり。


 ずかずかと、レンティア様が階段を下りてくる。


「はぁ……ったく、忙しい中準備したってのにアンタだったのかい」


「お、お久しぶりです」


 いつもの調子に戻ったレンティア様は僕の前まで来ると、レイを見て眉を上げた。


「いつの間に……。フェンリルなんか手懐けて」


「……はい?」

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