第71話 旅に同行
……そうか。
アーズも一緒に行けるなら、より明るく楽しい毎日を送れることだろう。
自分自身ビックリするほど、彼女の言葉を嬉しく感じていることに気付く。
カトラさんも同じように……ん?
なんか、アーズを見る表情に陰りがあるような。
……あっ。
そこで僕もハッとした。
アーズが小さく頷いてから言葉を続けたのは、僕がもう一度彼女の顔を見たのと同時だった。
「でも――あたしはフストに残るよ」
その晴れやかな表情に、グランさんは確認するように繰り返す。
「本当に、いいのか?」
「うん。今はまだ、孤児院のみんなのためにもここにいたいから。あと1年くらいしてチビたちの負担が減ったら、この街で冒険者になってみようかな?」
その時は、と続ける。
「おやっさん、あたしに色々と教えてよ。いつかは遠くの街を見に行けるようになりたいしさ。もちろん最初の内は休日だけ冒険者をやって、あとはここで働くから。……って、あたしクビになる予定とかないよね?」
グランさんはジッとアーズを見た。
しばらくして、フンッと笑うといつもの調子に戻る。
「クビにしたら困るのは俺だ。わかった、んじゃあ俺が冒険者のいろはってやつを教えてやる。弱音を吐いても逃がさねえからな?」
「やった! 約束だからね?」
一瞬、3人での旅を想像しただけに反応が遅れた。
だけど……。
本人が残ると決めたのだから、僕が出る幕はなさそうだ。
もしかしたらフストに戻ってきたとき、冒険者を始めたアーズに会えるかもしれないな。
じゃあデザートを……。
「だったら、わたしが行く」
「…………え?」
みんながクレープに手を伸ばそうとしたとき、これまで静かだったリリーが突然口を開いた。
やけに通った声に、全員が一斉にリリーを見る。
本人はナイフとフォークを使い、美味しそうにクレープを食べているが。
け、決して聞き間違いではないはずだ。
一気に酔いが覚めた様子で、ジャックさんが身を乗り出す。
「り、リリー?」
かなり肝が据わっているはずの大商人が、困惑気味に頬をひくつかせている。
「冗談なんて珍しいじゃないか……。ぱ、パパ、ビックリしたよ」
「冗談じゃない、本気」
「メアリっ、大変だ!!」
真っ直ぐと目を見て即答したリリー。
身をよじり助けを求めているジャックさんだが、一方でメアリさんは落ち着きを崩していない。
膝の上で手を重ね、リリーを見ている。
「ダメよ、絶対に」
「どうして?」
「3年後には魔法学園に入学するのでしょう? 万が一入学が遅れたら、パパの努力が水の泡になるわ」
メアリさんの語気は、あくまで穏やかだった。
「もちろん貴女の意思を最優先する。けれど、同級生として入学できず、婚約破棄にでもなったら取り返しがつかないわ。貴女が構わないと言って結んだ婚約よ? トウヤ君のおかげで今があるけれど、商談の間に大急ぎで移動したパパが死にかけてまで取り付けた」
魔法学園に、婚約。
フィンダー家の話なので、完全に僕たちは蚊帳の外だ。
ジャックさんが死にかけたって、僕と出会った時のことを言ってるらしい。
神域近くの森にある街道を単独で抜け、ワイバーンに襲われていたときの。
ということは……あれって、リリーの婚約について他の街で話した後に、商談のために急いで帰っていたところだったのか。
「メアリ、婚約のことはいいよ」
ジャックさんはそう言うと、ふぅと息を吐いた。
さっきまでの狼狽えた姿はもうどこにもない。
「婚約はリリーが『嫌だ』と言わなかっただけで、『進んでやりたい』と言ったわけでもないだろう? だから、問題は魔法学園だ」
何が重要なのか。
ポイントを絞り、ジャックさんは指で机をトンっと叩く。
「リリー、君がどうしても魔法学園に入学したいと言ったその気持ちは、今も代わりないんだね?」
「うん」
「じゃあ、旅に出てしまったら入学は? 規定の13歳になったらすぐに入れるよう、今まで努力してきたじゃないか」
「入学はする、13歳で」
丁寧に確認するジャックさんから、リリーは目を逸らさない。
どころかハッキリと言い切った。
「トウヤがネメシリアに行って、迷宮都市、神都を目指すって言ってた。フストに帰ってくることもできる」
祭りからの帰り道、僕の行き先を真剣に聞いていたのはこういうことだったのか……。
もとから、共に旅へ出たいと言い出そうと思っていたのかもしれない。
メアリさんが静かにワインを口にする。
「リリー、わかったわ。でもトウヤ君の気持ちも聞きましょう」
「……あ、ぼっ、僕ですか?」
いきなり話を振られ、背筋が伸びる。
だけどそうだ。
リリーは、アーズとは状況が異なる。
「そう、ですね。リリーはまだ10歳……あ、僕もですけど。とにかくまだ冒険者になっても見習いのような扱いにしかなれませんし、旅には危険がつきものだと思うので。メアリさんたちが反対するなら厳しいかな、と」
魔法学園や婚約……というようなことには触れないでおく。
僕には詳しいことはわからない。
だからとにかく、自分の立ち位置をハッキリと伝えたつもりだ。
しかし、何故かみんな険しい顔をしている。
グランさんなんて、あちゃーっと額を叩いているくらいだ。
リリーを見ると、いい加勢だと言わんばかりに僕を見ていた。
「危険については大丈夫。向かう場所は比較的安全だし、カトラちゃんとトウヤもいる。それにわたし、魔法が得意」
いや、だからって……。
魔法に自信があるのかもしれない。
が、それでもどうしようもなくなった時、カトラさんと僕で守り切れるとは言い切れない。
リリーにそう反論しようとしたが、その前にカトラさんがジャックさんたちに気を遣いながら、小声で呟いた。
「トウヤ君……。リリーちゃん、魔法学園の入学試験のために、10歳になると同時に冒険者登録をして……実はすでにDランクなのよ。魔法の腕だけで言ったらCランクの魔法使いにも引けを取らないわ」
「え。しっ、Cランクっ?」
衝撃の事実だ。
もしかして……今の僕よりも凄い?
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